智恵子抄
僕 等
僕はあなたをおもふたびに
一ばんぢかに永遠を感じる
僕があり あなたがある
自分はこれに尽きてゐる
僕のいのちと あなたのいのちとが
よれ合ひ もつれ合ひ とけ合ひ
混沌としたはじめにかへる
すべての差別見は僕等の間に価値を失ふ
僕等にとっては凡てが絶対だ
そこには世にいふ男女の戦がない
信仰と敬虔と恋愛と自由とがある
そして大変な力と権威とがある
人間の一端と他端との融合だ
僕は丁度自然を信じ切る心安さで
僕等のいのちを信じてゐる
そして世間といふものを蹂躙してゐる
頑固な欲情に打ち勝ってゐる
二人ははるかに其処をのり越えてゐる
僕は自分の痛さがあなたの痛さである事を感じる
僕は自分のこころよさがあなたのこころよさである事を感じる
自分を恃むやうにあなたをたのむ
自分が伸びてゆくのはあなたが育ってゆく事だと思ってゐる
僕はいくら早足に歩いてもあなたを置き去りにする事はないと信じ 安心してゐる
僕が活力にみちてる様に
あなたは若々しさにかがやいてゐる
あなたは火だ
あなたは僕に古くなればなるほど新しさを感じさせる
僕にとってあなたは新奇の無尽蔵だ
凡ての枝葉を取り去った現実のかたまりだ
あなたのせつぷんは僕にうるほひを与え
あなたの抱擁は僕に極甚の滋味を与へる
あなたの冷たい手足
あなたの重たく まろいからだ
あなたの燐光のやうな皮膚
その四肢胴体をつらぬく生きものの力
此等はみな僕の最良のいのちの糧となるものだ
あなたは僕をたのみ
あなたは僕に生きる
それがすべてあなた自身を生かす事だ
僕等はいのちを惜しむ
僕等は休む事をしない
僕等は高く どこまでも高く僕らを押し上げてゆかないではゐられない
伸びないでは
大きくなりきらないでは
深くなり通さないでは
・・・・・何という光だ 何という喜だ
大正二・一二
高村光太郎著 「智恵子抄」より
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