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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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「胎内」にたどり着いた船

流れ的にみて私の書いたものへのメッセージとしか思えないニュースです。


北朝鮮籍か、胎内に木造船漂着(新潟日報)
『胎内市笹口浜の海岸に北朝鮮籍とみられる木造船が漂着しているのを市民が見つけ、13日までに胎内署を通じ新潟海上保安部に通報した。同保安部などによると見つかったのは8日。ひっくり返った状態で砂浜に乗り上げており、長さ約8メートル、幅約2メートル、高さ約1メートル。船首にハングルで書かれた船の番号とみられる表記があり、巨大な手こぎボートのような型で、過去県内に漂着した北朝鮮籍とみられる木造船と似ているという。』

まだブログアップしていない、砂漠を行く船の詩に似てるようで
この写真なんだか好きです。

船の詩、舟のマウス画のつながりが続きますね。
胎内といえば最近書いたように「奴奈川姫」
遠い昔、奴奈川姫は舟に乗って半島からやってきたのでしょう。

8日=8
13日=13
長さ8メートル、幅約2メートル、高さ約1メートル=11

最近、13が続きますね。


図書館で借りた『桓武天皇の謎』(小林恵子著)を読み始めていますが
日本という国は一体何処にあるのだろうと考えさせられます。

アテルイは風貌からみれば半島・大陸の人かと思ってましたが、やはりそうでした。
「吐蕃」だそうです、とばんと読むそうです。
蝦夷=吐蕃と考えてよさそうです。

アジア全体の広範囲に勢力を張った「吐蕃」は
高句麗が滅ばされると中国東北部から半島、列島(東北)まで南下し
異国は騒然となった、
そうです。

「吐蕃」は現在のチベット人の祖先と考える説もあるそうだけど
実際は不明みたいです。

そして坂上田村麻呂は征伐をしたわけではないみたいですね。
坂上田村麻呂も風貌からみれば間違いなく大陸、白人ですよね。

<追伸>
昨日、会社の名前の「オタリ」の看板をみたときに思ったことを書いておきます。

「御神渡り(おみわたり)」と「オタリ」は似ている。
「おみわたり」から「みわ」をはずすと「オタリ」になります。
面白いでしょ。
同じ読みの「小谷村」は諏訪大社の薙鎌神事が行われる場所です。
偶然とはいえ、面白いでしょ。


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きょうの出会いは『魁塚』

曇り空の諏訪湖、氷の上に雪が積もっています。

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その後、yasuさんと用事で出かける途中、
焚き火と男性たちと祭壇が眼に入って、何だろうと車をバック。
眼があった男性に呼ばれて車を降りて中にいれてもらいました。

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『魁塚』(さきがけつか)といい、お墓だそうです。
今日はここで厄投げが行われるそうなんです。

男性から色々質問されているうちに
祝詞の話になって、行きがかり上、一声二声祝詞をしました。
一声二声といっても少し大きめの声での祝詞です。
私の声は通るので祝詞すると皆さん私のほうに振り向かれたのですが
そばにいた男性はす~っと離れていきました。
まるで人払いするように。
しばらくするとまた寄ってきます。
何故?

お茶をご馳走になりながら写真をいくつか撮らせてもらいました。

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これはお餅を焼いているところ。
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家に戻って『魁塚』を調べてみました。
少しびっくり!
どうしていつもこうなんだろう?

魁塚(さきがけづか)
『魁塚(さきがけづか)は別名相楽(さがら)塚とも言われます。 徳川軍追討の先鋒として江戸を目指した赤報隊でしたが、薩長新政府は無情にも彼らを偽官軍として切り捨てる手段に出ました。・・・』

私は相変わらずこういうこと(無念の思いで死んで行った人たち)に縁があるようです。
わかっていてもやはり驚きます、いつも偶然に出会う。

道真、義経、将門、赤穂浪士などもそうでした。

この『魁塚』で祝詞奏上した意味を後になって考えれば、
私は鎮める力が強いので、何かのお役に立ててればいいですね。

通る予定のないこの道を通ることになったのはyasuさんの判断だから
ある意味、yasuさんが私をこの『魁塚』に連れて行ったことになりますね。

この『魁塚』は最初8人が祀られその後5人が祀られ、全員で13人だそうです。
ここにも13ですね。
処刑された日が3月3日だそうです。

この後から雪が降り出しました。

その後用件をすませて夜ご飯食べにいきました。
その間も色々ありましたが。(微笑

レストランに雑貨が併設されていて
そこで見知らぬ年配の女性に洋服を選んであげることになり
私はお客なのに接客するはめになってしまいました。
私が選んだ服を購入されお嬢さんと二人で凄く喜んでくれて
何度もお礼を言われました、喜んでくれて嬉しかった。

御柱の『木遣り』をやってみたいな。



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