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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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ニュース (海底原発なんてあり得ない)

昨日と今日、薄い帯状の雲が出ていました。
今日は小さな彩雲も。
外に出るとクラクラして電磁波が強いのかも知れない。
ということで地震予想にしておきます。

・中国GDP10,3%増、日本を抜いて世界2位に
・19日午後7時15分ごろ、定期検査中の中部電力浜岡原発3号機で発煙
・もんじゅ、トラブル続きで発電系試験を延期
・米国イエローストーンで地面が急激に隆起

【動画】夜空にふしぎな発光物体 幕別(北海道新聞)
動画がありますよ。

地滑り被災地の空に虹色の雲、ブラジル(AFPニュース)
地震が起きそうですね。


20110121at02t.jpg
フランス、海底原発を開発=16年の稼働開始目指す(時事)
『仏造船大手DCNSは20日、原子炉を積載した筒状施設を海に沈めて発電し、沿岸に電力を供給する「海底原子力発電所」の開発計画を明らかにした。通常の原発より大幅にコストを抑制できるのが特徴で、2013年の早い時期に試作機の建造に着手、16~17年ごろの本格稼働開始を目指している。「フレックスブルー」と名付けられた海底原発は、長さ約100メートル、直径12~15メートルの筒状で、重さ1万2000トン、出力5万~25万キロワット。沿岸から数キロ沖合の深さ60~100メートルに沈めて陸上から遠隔操作し、海底ケーブルで送電する。』

海底原発なんて怖いです、私は絶対反対。
標的にされるし海は汚染されるし、ほんととんでもないことを考えますね。


★昨日ガンマ線、ガンマ線バーストの記事を書いたら早速です。
20110121-y-s.jpg
南十字座γ星撮影に成功 延岡市の板谷さん(宮崎日日新聞)

ガンマ星なんてあるんですね。
γ(ガンマ)星「ガクルックス」と呼ぶそうです。


★こちらもこの前、写真をアップしたトンビ。
強いトビは巣を飾る 白のビニール片で情報伝達(47ニュース)
『「ピーヒョロロ」という鳴き声で知られる猛禽類のトビは、巣を白のビニールなどプラスチック片で飾るのが好きで、破片が多いほどひなの数が多く縄張りも保たれているとする研究結果を、スペインのチームがまとめた。「動物がつくった構造物は従来考えられていた以上に、自分の強さなどに関する情報を伝える道具として役割を果たしている」としている。21日付の米科学誌サイエンスに発表した。』

私はトンビが好きで沖縄ではみることができなかったので残念でしたが
内地に戻ってきてトンビとまた逢えて嬉しい。


ただ捨てられる命 犬・猫、殺処分を公開 松山の施設(朝日)
いつになってもこれは解決しませんね。
要らなくなるとどうして捨てるのか私には理解できません。
人として未熟なんでしょうね。


amoeba-farmers-bacteria_31340_big.jpg
バクテリアを“栽培”するアメーバ(ナショナルジオグラフィック)
『・・・「単細胞のアメーバ、キイロタマホコリカビは食料の土中バクテリアが不足すると、仲間同士で“話し合って”集合する」と、アメリカ、テキサス州ヒューストンにあるライス大学の生物学者で研究リーダーを務めたデブラ・ブロック氏は概説する。バクテリアが不足するのはおそらく、バクテリア自身が飢えているためだ。 「約10万のアメーバからなるナメクジ状の集合体を形成する。その後、成熟するとキノコのような子実体を作る」。子実体は茎のような枝を伸ばし、先には胞子塊を持つ。アメーバの集合体を引きずりながら、胞子を空中に放つ。そこには“種”として少量のバクテリアが含まれている。 つまり、キイロタマホコリカビは食料を食べ尽くしてから次の場所に移るのではなく、少量を“殻”に入れて旅立つことがわかった。 ・・・ ブロック氏のチームは以来、原始的な移動性の“農業”を営むアメーバを複数見つけた。いずれも、栽培行動をするほかの生物と共通の特徴があり、人間とも似ているという。「社会性があるからこそ、このようなことができるのだろう。単独で行動するアメーバは子実体を形成しないため、キイロタマホコリカビのように移動しない」とブロック氏は述べている。 』



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「2011年とは何ですか」


それは荒れ狂う海に似て
静けさの海に聞こえる行方知れずの我が子のようで
倒壊した中に行方知れずの我が子を捜し求める
いきなりの母の姿に似せた摩天楼の天使

・・・邪魔が入って中断・・・(1月日付不明)


「2011年とは何ですか」

それはおしくらまんじゅう
押しても引いてもどうにもならない
打ち寄せる波に砕ける岩のように
ほころびつくしも出来ないありさまに
人々は何を見出し、何に打ち負かされるか
それは怒涛のごとくやって来て
イザナミのように去って行く
取り返しのつくこととつかぬことがあるように
この国の行方を知るものと知らぬもの在り
それは行き通りにみえ
生き様にみえ
華々しく散りもせず
塵となってうず高く積もるものあり
神に願いを聞き入れてもらえず
もがき苦しみながら生き絶えてゆくもの
翻弄されるもの

一筋の光明に水をさすもの
足蹴にするもの
われの命はいくばかりのものか
波をものともせず呑み込むもの
走り去りながら手紙を残すもの

それは花火から打ち上げられた幻の都なり
都にあってないもの
それは各々のハカリゴトであり
神のハタラキではない

よくぞ此処まで生きてこられた其処の人
世界に打ち負かされず
自己に媚びることなく
ただひたすら世界のために歩まれてきた人
人に何かを教える前に
自らを教え続けること
助かるためにはそれしかないであろう
幾許かの望みも海となり泡となる
それは各々に持たせた神のさじ加減

走り去るもよし
逃げ惑うもよし
歩き続けること
神の歩みに似せて


2011/01/20 (木)


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