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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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古代史のマトリックス:私たちの知る人類の文化が生まれたのは今から400年前


コメントのやり取りです。

500年前に高度な統一文明が存在した?これが「彼の物語・歴史・his-story」?
https://cocorofeel.blog.fc2.com/blog-entry-24603.html

興味深いのですが、
・中世都市の出現は、今から約300年前に遡ることが判明した。
▷誰によって、どのように?
世界の植民地化は、私たちが聞かされていた話よりずっと遅く、1700年代に行われた。
▷誰によって、どのように証明された?

サラッと「判明した」とありますが、検証できるものは?
フラットアースやタルタリアと似てて、話としては面白いのですが。あの界隈の情報はフェイク画像が結構使われていますので、?です。
もし、フラットアースだとしたら、太陽は沈みませんよね?
時差はどう説明できる?

| kiyo | 2023/01/09 17:28 | URL |

Re:

The Matrix of Ancient History”(古代史のマトリックス)に書かれてあるということですが、内容はこれ以上のことはわかりません。

| まゆみ | 2023/01/09 23:52 | URL |

Re:

検索してみました。これですね。いま見つけたところなので明日以降に覗いてみます。

The Matrix of Ancient History
https://www.dillum.ch/html/1_matrix_of_ancient_history_pfister.christopher_2016.htm

| まゆみ | 2023/01/09 23:57 | URL |

古代史のマトリックス

頭がパンクしました。
この記事にはドイツ語版とフランス語版があって「ドイツ語版は権威あるものです」と著者が書いています。構成がちょっと違っていて、最初のところに要約?(記事を書いた動機?)があります。そこから引用します。
https://www.dillum.ch/html/geschichtskritik_chronologiekritik_manifest_2016_christoph_pfister.htm

1800年以前は、誰も本当の歴史を書こうとはしなかった。

オイゲン・ガボウィッチュ(1938~2009年)より引用。

**********************

それ以前(1800年)には、現在使われている年号による時間の一般的な把握はなかった。

古文書や図書館に記録されるような今日の文字文化は、1760年以降に生まれたものである。

********************************************

現在のように4つのアラビア数字で年を数えるようになったのは、18世紀中頃のことである。

歴史的に信頼できる最初の年号は1789年である。

******************************************

私たちの歴史意識が生まれたのは、1800年から1815年の間である。

**********************************************

人類の文化や文明は、おそらく400年前のものでしょう。

********************************************************

一種の歴史のファジーな関係があります。

先史時代には、内容も年代もぼやけた形でしか判断できない。
確かな知見はありません。

(筆者)

**********************************************

私たちは一般的に、人類の、そして地球の過去について書かれたり教えられたりしたものはすべて真実で信頼できるものだと考えています。

しかし、歴史的な内容を分析すると、そうでないことが証明される。これが、歴史・年表批判の原点である。

このテーマには、2つの中心的な側面があります。主張され確立された歴史の内容も年代も、特に古い時代のものは問題があり、間違っている。

言い方を変えれば 安全な、証明可能な歴史は、私たちが一般的に想定しているよりもずっと短い。

最初に、いくつかの認識論的なステートメントを行う必要があります。

一般に、人は未来を見通すことはできないと言われています。- せいぜい、いくつかのトレンドや展開を判断することができる程度です。

未来を見通すことができないのであれば、論理的には過去も見通すことはできない。

ここから歴史的アポリアが始まる。

私たち人間は、過去について何かを知っているが、それを包括的に知る可能性を圧倒的に過大評価しているのだ。

その結果、私たちの歴史認識には第一の限界が生じる。過去に踏み込めば踏み込むほど、その不確かさと暗さが増していくのだ。

つまり、現在だけが確かなのです。一方、過去の知識はすぐに問題になってくる。歴史的に何かを描こうと思ったら、現代から始めなければならない。

人間とその文化は、過去と未来についての考えを発展させてきました。

歴史と共に歩み続けるために。ありのままを見せるのではなく、自分たちが見たいと思うように見せる。

未来を見通すことができないように、過去を見通すこともできない--すでに述べたように。

私たちの文化や文明は、道具や技術だけでなく、人間の一生を超える歴史的なものを表現する手段も発達させてきたのです。文章や写真で記録し、一定の期間を置いて提供する可能性を作りました。

しかし、この完璧なまでに記録された過去は、私たちが一般的に思っているよりもずっと短いものなのです。時系列で見ていくと、内容も年代も疑問符がつき、やがて無関係になり、最後にはばかばかしいことになる。

歴史を書くことは賞賛に値する。しかし、古代の時代や場所について何も語れないとしたらどうでしょう。

指定は役に立ちません。”ケルト人”というのは、意味のない言葉です。”古代ローマ人”も同じです。

歴史分析には、真実の歴史と偽りの歴史、正しい年代と偽りの年代を分けるという作業がある。

つまり、歴史があり、前史があるのです。前者は知っているが、後者はほとんど、あるいは全く知らない。

この二項対立は絶対的なものではありません。歴史的なグレーゾーンを想定しなければならない。真の歴史、時間の歴史は、時間軸の上で、歴史の黄昏、そして完全な歴史の夜(フランス語で la nuit des temps)へと道を譲るのです。

▼本文から
しかし、わずかな碑文や言葉だけでは、どんな歴史も再構築することはできない。

多くの研究者は、公文書館や図書館にある文書資料が限られた年代しかないことを知っています。
しかし、彼らはそれを認めず、古代近東の石や粘土やパピルスに書かれた古文書とやらに固執する。

しかし、エジプトの象形文字やバビロニアの楔形文字でさえ、我々が中央ヨーロッパで決定した文字記録の時間的閾値を下回ることはないのである。
- 古代オリエントは、ヨーロッパ西欧の創造物である。

1789年以前は、日付、出典、そして結果として歴史的内容を時間的に確実に決定することはできない。
このような文書に頼る人は、砂の上に建物を建てるようなものだ。

それ以前は、歴史家が推定するしかない。
- 時間軸を下降させるほど、推定値が不正確、推測的になることは明らかである。

著者は、今日より約350〜400年前より先の時代については、あえて推定を行わないことにしている。

従って、今日の人類の文化が生まれたのは、約400年前ということになる。

歴史的な問題は、今日より200年前、あるいは1815年より前の時代に関するものである。

歴史批評は、基本的に文字による歴史の時代と同じくらい古いものです。

ここで、いくつかの先行する歴史的な評論家について言及することができる。

▼ニーチェについて

1900年頃、無名だが優秀な古典文献学者ロバート・バルダウが、ギリシャ・ローマ文学の分析を記した2冊の小冊子を出版した。その中で、これらの「古典」作品がドイツ語やロマンス語の条件となり、たった一世代で書かれたに違いないことを証明したのである。- バルダウへの重要な補足:フリードリヒ・ニーチェがこの背後にいることは間違いない。

| kiyo | 2023/01/10 13:42 | URL |



ちなみに私はフラットアースに関しては
興味がわかないので現時点では保留です。

そして昨夜この記事をアップ。

やっぱり面白そう!
https://cocorofeel.blog.fc2.com/blog-entry-24609.html

aadragon_from_schilling_berne.jpg

<追記>
とんでもなく興味があってそわそわして
他のことに手がつかない。

「ヘブライ語の起源」のページには
ヘブライ語はギリシャ語やラテン語よりも新しく
ドイツ語と同時期に誕生したとある。
ヘブライ語とドイツ語は、本質的に近い関係にあり、
ドイツ語の語彙の半分以上と、
ドイツ語圏の地理的名称の約4分の1がヘブライ語由来。

ヘブライ語には多くのラテン語が含まれていて、
ラテン語の強い影響を受けて作られたよう。

後期ローマ帝国はドイツ語が主体で、
新しく作られたヘブライ語を神聖な命令語として
帝国全体に力ずくで導入しようとしたとある。

ある時期から、ドイツ語とヘブライ語の交流が止まり、
二つの言語は分離し独自の文化を発展させた。

古代ペルシャ語の起源は18 世紀後半。

インドで古くから使われているはずのサンスクリット語も
18世紀後半にセルビアやブルガリアの宣教師によって作られたはずだと。

ユダヤ人は最初のローマ人だった。

ということは旧約聖書もこの時期に書かれたことになる。

ヘブライ語、キリスト教の起源が東方のパレスチナに移ったのは、
神聖ローマ教会が設立されてから。

例として、
PALESTINEはPALESTRINAで、
ローマの東にある丘陵地帯のかつての宗教的中心地であった。

400年以上前の歴史や古代史を研究しても全く意味がないということです。私がよく考えていたのは、例えば、日本の場合、千年とか二千年の単位でなぜ人々はちょんまげや日本髪を結い続け、着物を着続けていたのか大きな疑問でした。これって異常な期間ですよ。500年でも長すぎる。そんなのありえない。いまの世界を見ても発展のスピードは凄まじいですよね。過去だって同じようなものだったと思うのです。そして古代の人々がこんな技術を持っていたのかの謎も解けてくる。学校で教えられた古代じゃなかったということです。

人類の誕生も新しいのかもしれない。

昨日の記事で、エジプトのピラミッドのことを書いたけど、この本の著者も「常識に従えば、エジプトのピラミッドが数千年前に建てられたとは考えにくい」と書いている。




| 歴史/古代史 | 14:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

やっぱり面白そう!


kiyoさんへの返信コメントを書くために検索したら、
トップでこれが出た。

The Matrix of Ancient History
https://www.dillum.ch/html/1_matrix_of_ancient_history_pfister.christopher_2016.htm

たったいま見つけたところなので、
明日以降にチェックしてみるけれど、
ニーチェは、歴史を生命に敵対するものとして批判。

ローマにあるセプティミウス・セウェルスの凱旋門が水の中に
aalorrain_septimius_severus_bogen_rom_zeichnung.jpg

聖書のイスラエル王国の王とローマ後期の支配者の類似性
聖書のイスラエル王国の王とローマ後期の支配者の類似性



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