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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
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勉強中(神々の世界の混乱)





今から二十数年前になりますが
当時祝詞を始めて間もないころに
祝詞をはじめるきっかけになったその神社に祀られているのは
神ではなく児玉源太郎という実在の軍人だったので、
神社に祀られている存在は神だけではないことを知りました。

そして間もなく原田常次さんの本と出会い
神社に祀られている神、神話の神さまはすべて
実在の人間だということを知りました。

なので神話の神さまに特別な思いはありませんでした。
それ以前に神さまの名前、系統がややこしくて覚える気もなかったです。
そんな中で祝詞をする中でニギハヤヒに出会い、直感が的中して
私の産土神ということがわかったのでニギハヤヒだけは特別でした。
だけどニギハヤヒも実在の人間、王として考えてきました。

(今回石渡説でニギハヤヒは崇神の霊だということがわかりました。
石渡さんは、神ではないから霊と表現されていて
私はこれに納得しています。)

ただ、多くの人が
神ではない存在に名前を与えて固定の神として意識化したりあがめたりすれば
仮想現実としての神や神々の世界が作られていくんじゃないかということは
ホログラムで考えてもありえると思います。

神々の世界の混乱の原因は、ある意味、不比等が創作した無茶苦茶な神々の世界を
信じてきた、信じている人間世界を、そのまま投影したとは言えないだろうか。

ありもしない神を作り上げるだけではなく
AがBに替えられまたCに替えられ、Cをバラバラにし
バラバラにしたものに神の名をいくつもつけるわけです。
ありもしない神々を崇拝することを考えてみてください。
しかもああだ、こうだと、この神は本当はこうだとか
世界中につなげていく人もいたりで
あちこちで妄想を膨らませるわけだから
そりゃ、混乱しますよね。

その後、神社は朝鮮半島からやってきたことを知り
その土地の有力者が神社に祀れら、
上・神になっていくんだなと再認識しました。
沖縄では亡くなった人の霊がさまよっていると上に上げると言います。

<追伸>
児玉源太郎が祀られている神社に行くきっかけになったのは
鍼の先生で(私のことを異常に気に入った先生)
その鍼の先生が大本好きな人で、それで直さんの大地の母を勧められ
こういう類の本を生まれてはじめて読みました。
とても印象深かったです。
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| 未分類 | 17:11 | comments:3 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

「上に上げる」ですか。
私がよく耳にする表現は「天に上げる、還す」です^^
神とは人なり~、でしたね。
以前お教え頂いたときの感動と納得を懐かしく思い出しました^^

ところで産土神~ってどう知るものなのでしょうか?
見てくださる!?方もいらっしゃるようですが…。

| tonton | 2013/06/27 21:45 | URL | ≫ EDIT

Re: タイトルなし

tontonさん、上げることには間違いないですね。
産土神は生まれた場所に一番近い神社のことです。病院で生まれたならその病院に一番近い神社です。

| まゆみ | 2013/06/27 21:56 | URL |

そうですか!!
ありがとうございます^^

| tonton | 2013/06/28 18:06 | URL | ≫ EDIT















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