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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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「狂気と霊の存在」 その7


これも山ん中のカフェの写真、
こういうのって撮るのが難しい
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霊感者スウェデンボルグ 
その心理学的・心霊科学的探究(ウィルソン・ヴァン・デュセン著)より書き写し

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『第六章 狂気と霊の存在』

高次元の声

高次元の幻覚は低次元のものよりずっと稀だが、それは性質において全く反対のものである。ただ、このタイプの体験は患者たちの体験のうちの五分の一か、それ以下しかない。それをある一人の男の患者の例で紹介してみよう。

彼は長い間お前をどうやって殺してやろうかと脅しかけてくる低次元の人物たちの声を聞かされ続けた。しかし、ある夜、彼は太陽の光のような光にも出会った。光が低次元の者とは違うものだということは彼にもわかった。光は彼の自由を尊重し、彼がこわがるようなら姿を消すという様子も見せたからだ。低次元の者はこれとは逆に彼の意志に逆らい、彼が恐れるとなお攻撃をしかけてくるものなのだ。

また、稀にしか現れない高い次元の者はあまりしゃべらないのに低次元のほうは休みなくしゃべるのも違っていた。高次元のものはシンボリックで宗教的で彼を助けてくれるタイプで、役に立つことを教えてくれるものでもあった。そしてそれは患者の内なる感情とダイレクトに接触できるのだった。高次元のほうはユングのいう原型に似ていて低次元のほうはフロイトのイドに似ている。私は患者が高次元のほうと接触するのを助けてやるやり方を知った。

この接触は患者に広い価値の視野を開いてくれるものだった。彼を高次元で親切な太陽と接触するように励ましてやると彼は力強く神秘的で守護神に守られたような世界に入れるのだった。そしてこの世界は殺すぞと脅かす低次元の者以上に幾つかの点ではびっくりするような世界なのだった。ある時には彼は長い廊下の端に自分が立っている姿を発見したりした。そしてその廊下の端にはドアが閉まっていてドアの向こう側では地獄の力が怒り狂っているのであった。

このキリスト的で力強く人を感銘させる人物が現れた時には彼は地獄の力を閉め出そうとしていたのだった。そしてその人物は彼の心との直接的な通じ合いによって彼にドアは閉めたままにして自分について別の世界へ来いと指示した。その世界とは彼の病気の治療に効果がある世界だった。

もう一人の男の患者の体験には高い次元の者が一人の優しい女性の姿で現れ、幾千ものシンボルを彼に見せて楽しませてくれた。この患者は高校を出ただけの配管工だったが、幻覚の女性は彼に宗教や神話に関係したいろいろな知識を見せてくれ、それは彼の知っているものではとうていなかった。彼は幻覚の女性と中身の豊かな対話をし、女性が示したシンボルや女性の答えを私に伝えた。そしてその最後になると私に彼女と私がどんなことについて話をしていたのか教えてくれとたずねた。

つぎは、自分はどうせ世間の余計者だとやけになって酔っ払っては盗みを働いていた黒人患者の例である。数週間にわたって彼には高い次元の幻覚の人物が現れ、少数民族に関していろいろなことを教えた。そして彼は自分も少数民族のために何かをしようという気になったのだ。

高い次元と低い次元の両方の幻覚を体験している患者もいる。彼らは時によって二つの別のタイプの体験をするわけで、自分だけの天国と地獄を往来しているのと似ている。ただ多くの患者は低次元からの攻撃だけを体験している。高い次元の者は自分たちのほうが低次元の者より大きな力を持っているのだといい、その証拠を見せたりはするのだが、しかし、それは患者の心を十分に安心させるほどではない。

また、高い次元の者は、低次元からの攻撃も患者の弱点や間違いを教えて、それに気づかせるという役には立っているのだと患者に教えたりすることもある。

・・・つづく
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>高い次元の者はあまりしゃべらないのに

私も夢の体験のときはなぜかこれで判断しています。
例としてあとで夢日記をアップしてみようかな。

昔から自分のみる夢が不思議で不思議で
まずは心理学ということで
過去に心理学関係の本をよく読んだ時期がある。

フロイトはどうも好きになれなくて、
私自身の夢の体験でユングと相性がよく
今では大雑把にしか覚えてないけれど
ユングが書いたもの、国内では秋山さん、河合さんの本も読んだ。
でもやっぱり、ユングの自伝が一番印象に残ってる。
                     
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COMMENT

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| | 2008/11/30 20:17 | |

harunoshinnさん、お久しぶりです。更新が時々なので少し気にしてました。お元気ですか。久しぶりで嬉しいです。

ご紹介のサイトのコメントについて
読み物としてはお茶目で面白いです。

所謂お告げですよね。私はまず天啓というものを信じていないところがあるので何から書きましょうか。そうですな、天啓を神なる存在からとして考えた時、神の定義はさまざまだし、神はいないと思う人もいるし、私は神がそんなことをするはずはないと思ってます。アヌンナキのような神々だったらするでしょうけどね。一番は霊的なものだと思ってるので、その霊的なものというのも、前に書いたように電磁波と解釈しちゃうタイプの人間です、私は。もしも私に起きたら、天邪鬼だから絶対反抗しちゃうでしょうね。第一幻聴も幻覚も一度もないのでまずないと思います。

世に言う神がかりもみな霊がかりだと思ってます。そういいながら、神にも霊にも会ったことはありませんが。

| mayufuru | 2008/11/30 21:40 | URL | ≫ EDIT

天啓というのは言葉を変えれば一種の契約になるような気がします。何かを得るために何かを失うことになるのですが、こういった目に見えない世界は怖いです。利害がない契約ならいいですが、利害が発生する契約は日常生活だけのことにしたほうがいいと思います。能力がどうしてそんなに欲しいのがわかりません。仮に天啓があったとして、何かを失う天啓というのは偽ものでしょう。神なる存在は見返りを求めるなんてありえないと思います。

だから、メイソンと天啓の関係だったら、信じられます。

有名になる話ですが、私自身、過去にいい話が色々ありましたが、全部断ってきました。ちょっと気にしすぎかなと思うときもあるんですが、何故かいい話は断ってしまいます。たとえばの話ですが、いい話に乗ったりすると、祝詞で雨を降らせたりできなくなるかも知れないですね。別に相手がメイソンでも関係なくです。なんかそんな気がして仕方ないのですが、でも本当にいい話を断ってるとも考えられます。そうだとしたら、大ボケですね(笑

| mayufuru | 2008/11/30 21:41 | URL | ≫ EDIT

>高次、低次とありますが、高低を決める絶対的指標として唯一神論の神が必要だったわけですよね。

私はこれが今一よくわかりませんが、このウィルソン・ヴァン・デュセン氏の理論で、低次元霊の話については納得できます。本人を痛めつけ不幸にするわけだからなるほどと思います。ただ、高次元霊については難しいなと思いますね。高低を決める絶対的指標として唯一神論の神は必要とは思いません。あくまでも相対的なものだと思います。高低があるなら真ん中はあるんでしょうか。あとで夢日記を載せますので参考にしてください。

>無知の知というものもまた大事かと思います。

言葉では分かりますが、どこか言葉遊びの気がします。知性というのは無知ではないと思います。

>同時に私たち一人一人は自らの人生の主人であるのだと思っています。

これは同感です。

>善悪二元論の絶対的否定の立ち位置に私はいるのだと思っています。

これだと高次元、低次元もないことになりますか?
善悪も相対的なものなのでそれに対して絶対的否定は難しくないですか?

| mayufuru | 2008/11/30 21:43 | URL | ≫ EDIT

まゆみさん、今晩は。
高も低も主観ですからね、、善と悪が簡単にひっくり返るのは常なのだと思っています。

>更新が時々なので少し気にしてました。

ご心配ありがとうございます。
色々ありまして、、告白すれば、目も少ししんどい時があります。

>天啓というのは言葉を変えれば一種の契約になるような気がします。

そうなんですね、、“契約”、、これ、気になりますね。
契機とか、、

人間だけではないでしょうか、、見せかけの威厳で人々を翻弄する動物は、、。

人間以外では、通用しないマジックです。

それだけおめでたい人間が多いということなのでしょうね。

>善悪も相対的なものなのでそれに対して絶対的否定は難しくないですか?

確かにそうですね。では、言い換えましょう。
二元論的価値観をあくまで否定する立ち位置です。

つまり、わたしは右であり左であり、上であり下である。
というようなことでしょうか。


| harunoshinn | 2008/11/30 22:28 | URL | ≫ EDIT

harunoshinnさん、そうえいば、公開してないチャネリング詩の無題に「みかけ」のことが出てきてなかなか上手い表現でした。

>つまり、わたしは右であり左であり、上であり下である。

はい、わかりました。

くれぐれも体に気をつけてくださいね。たまの無理はいいですが、あまり無理せずゆっくりやってくださいね。まずは体が一番です。私も気をつけて、なるべくゆっくりやっていきます。

| mayufuru | 2008/12/01 00:17 | URL | ≫ EDIT

高次元からの事は、こちらが望む望まないに関わらず、時に応じて与えられるように思います。
その時は意味不明で次第に明らかになるにつれ、畏れと自分の愚かさを心に焼き付けられる、そのような事だと思いました。
高次元から観て善であることも私たちから見れば、理解出来ていない事が殆どかと思いました。

| Akros-Rosa | 2008/12/01 18:17 | URL | ≫ EDIT

>高次元から観て善であることも私たちから見れば、理解出来ていない事が殆どかと思いました。

確かにそれはあるでしょうね。なんか感じます。

| mayufuru | 2008/12/01 20:07 | URL | ≫ EDIT

高次元の存在について

このシリーズ、再リンクしていただいて、全部を読んできました。
悪いことをするのは、憑依されている可能性がある、というようなこと、僕も身に覚えがあったりします。頭では分かっているのに、してはならないことをしてしまったりとか。とくに精神的にきつくて、鬱になったりしているようなときに、危ないと思います。

高次元の存在については、上の本の引用を読みますと、あまりそれほど、高い霊ではないなという気はしました。なんとなく、自分についてこいとか、さそったり、命令口調をしたり、とか、輪廻の中での縁あってかつての身内とか縁者か、それに近い関係の何者かが、世話をしに降りてきているっていう感じに思えます。低次のものと、程度の差、くらいのもので、どこか人間的な、駆け引きをしているような感があります。もし本当に高次の存在と言える霊?だったら、低次の存在とは程度の差にも、比較にもならないと思います。

それとこういう存在の見分けは、頭で考えて出来るものじゃない、とは思います。他の方のコメントで絶対的否定という言葉が出てますが、ほんとに、全部を否定したら、何も残らないっていうのが事実じゃないでしょうか(笑)むしろ全部を否定しないっていうのが真実に近いような気がします。

| Takashi | 2020/11/07 00:55 | URL | ≫ EDIT

Re: 高次元の存在について

Takashiさん、こんにちは。読んでいただいてありがとうございます。本の書き写しは一部なので興味がおありでしたら、本を読まれることをお勧めします。高次元の存在についても本を読まれたほうがいいかと思います。時間があればその箇所を書き写しできるんですが、とにかく時間がなくてごめんなさい。

| まゆみ | 2020/11/10 13:26 | URL |

Re:高次元の存在について

ふるいちさん

こんばんは。返信ありがとうございます。
本の購読をお勧めいただきありがとうございます。
さっそく買って読んでみることにしまして、さっき注文しました。
しっかり勉強したいと思います。

| Takashi | 2020/11/11 01:02 | URL | ≫ EDIT

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| | 2020/11/11 09:01 | |















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