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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
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ボームとプラズマ、そしてオッペンハイマー、プリブラム、チューリング




ボームといえば、プラズマ。

プラズマの実験中に、プラズマの中に入った電子は固体としての動きを止め、まるで大きな全体の一員になったかのような行動を始めるのを、ボームは発見する。まるでアメーバのような有機的なプラズマに衝撃を受けたボームは「電子の海が生きている」と感じることがよくあったと語っているそうです。

オッペンハイマーに関して
前にコメント欄に書いたことですがこちらにも書いておきます

ボームは大学院生の頃、オッペンハイマーの元で博士課程の研究をしていました。その後(1951年)マッカーシー上院議員率いる反アメリカ活動調査委員会の追及がオッペンハイマーに伸びてきたときに、ボームは喚問を受け、オッペンハイマーに不利な証言をするようにと迫られるのですが、拒否しました。それでボームはプリンストン大学の教職を失い、ブラジル、のちにロンドンへと移動します。二度とアメリカの教壇に立つことはなくなりました。

ボームほどの天才がノーベル賞を授与されていないどころか、異端の物理学者といわれるのもこういったことも関係しているのでしょう。(もちろん私はノーベル賞は評価していませんが。)

ボームといえばプリブラム。
プリブラムはロボトミー手術が当たり前だった時代に、脳はむやみにいじくるものではないといって、彼が担当していた病棟ではこの手術は認めようとしなかった。その後エール大学へ移動してもこの立場を守り続け職を失いかけます。

このロボトミー手術がまた先のマッカーシー上院議員と関係があり、社会的に好ましくないとみなされた人たちを押さえつけるものになっていたようです。この目的の手術は公然と行われ、これをもっとも推進していたのが、ウオルター・フリーマン外科医で「精神分裂病者、ホモセクシャル、過激派などの社会不適合者たちを良きアメリカ市民にしてくれるものだ」と言っていたようです。ロボトミー手術を考案したポルトガル人のエガス・モニスはノーベル賞を授与されます。

ボームもプリブラムも既成の科学に異論を唱え、強い意志を持ち、正々堂々と闘ってきた人だと思います。


追伸
ホモセクシャルで思い出したので
コンピュータの生みの親ともいってもよい
アラン・チューリングのこともちょっと書いておきます。

チューリングは同性愛者で、ある日それが発覚します。牢獄に入る替わりの実験治療として定期的に女性ホルモンを服用させられ次第に集中力がなくなり、量を減らして欲しいと判事に訴えても認めてもらえず、そのうち胸が膨らんできて彼は愕然とします。身体と精神が破壊されていきました。そして治療が終了しても痛手から立ち直れずにチューリングは自殺します。リンゴを一個取りだし、電気作用の金メッキ実験をしたときにとっておいた青酸カリで自殺するのです。





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| デイヴィド・ボーム/カール・プリブラム | 13:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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