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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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見つめている“わたし“と見つめられている“わたし


以前アップしたマウス画。
マウス画

一昨日の続きです。

「ボームの思考論(デヴィッド・ボーム著)」より書き写しです。

ボーム「要点は、今度は、この自己イメージが2つの部分を含んでいるということです。初めは、それは理にかなっているように思われます。なぜなら、物理的にでさえ、見つめている“わたし“(I)と見つめられている“わたし“(I)ーー主体である。“わたし“と客体である“わたし“がいるからです。わたしは言います。「ここにわたしの身体があります。わたしはそれを見つめています。」身体は見られる客体です。が、わたしはまた主体ーー見つめている“わたし“ーーでもあります。わたしがわたし自身を見つめているように思われますーー反射的行為です。それは理にかなっています。そうですね?わたしは顔を洗う、ヒゲを剃る、等々のあらゆることをします。

そしてそれから、わたしたちが内側のイメージを形成するとき、主体である“わたし“(I)がいて、客体である“わたしに“(me)を見つめているように思われます。胸部の奥のどこかに、多分、客体がいて、頭部の上のほうに見つめている誰かがいるーーそれは空想によっていとも容易に配置されることができます。わたしたちは、いかにして思考が知覚に入り込むかについて議論しましたーーいったん思考が、それが現実だと言えば、その時には私たちはそれをその通りに知覚するのです。

が、今度は、もしもそのようにして知覚される“事物“が実際にそこにあったら、それは極めて重要で、貴重になるでしょう?そうではありませんか?それはこの偉大な、栄光ある、輝かしい神であるでしょうーーまたは、少なくともそうであるべきでしょう。それは存在及びあらゆるものの中心であるでしょう。幼児にとってはそうなのです。そして、事実、それは決して誰からも立ち去りません。ですから、その内側にあるものはとてつもなく大きな重要性と必要性を持ってきます。それは単に科学作用にとどまるだけでなく、その意味に付与された重要性と必要性によって、極めて高い価値を与えられます。それらは相伴っているのです。なぜなら、そこにはとてつもなく大きな科学的効果ーー現実として知覚されるそのような偉大な、輝かしいイメージの神経生理的効果、およびそれを支えているとてつもなく大きな意味ーーがあるからです。それゆえ、その全てが適切に働かなくなるときには、それは実際にシステムを撹乱させてしまいます。

かくして、この自己イメージは中心をなしていきます。そしてあらゆるものは、できるだけ良いやり方でそれを養い、維持するために配されるようになります。わたしたちは思考をそのように仕向けるべく企てます。わたしたちは人々がそれを支持するようにさせるべく企てます。わたしたちは、富を獲得するなどして態勢を整えるでしょうーー人々は、自分が本当に偉大な人間であることを示すために大金を蓄えるんでしょう。彼らは、何であれ彼らがすることを欲していることに必要とされるよりずっと多くのお金を稼ぎます。彼らはお金を稼ぎ続けるのです。そして、彼らが偉大な人間であることを示すために、もしも単なる金儲けだけでは不十分であれば、彼らはーー彼らが必要としているよりはるかに多くのーーあらゆる種類のものを購入します。

なぜ人々はこんなふうにするのでしょう?彼らがそのようにする事は容認されており、当然のこととみなされています。が、私たちはこれを調べる必要があります。なぜなのでしょう?その奥には何があるのでしょう?あなたはここにはシステム全体を巻き込んでいる1つの過程があることを見ることができます。そして人々はそのすべての中で互いに補強し合うでしょう。なぜなら、人々は彼らのアイデンティティを互いに手に出会うからですーー誰もが「あなたはこれです、あなたはそれです、あなたは他の何かです。」と言うのです。さもなければ、あなたは、あなたが行うこと、あなたが自分の出自、自分の先祖、等々について考えることによって、あなたのアイデンティティを手に入れます。そのように、あなたは「それは極めて重要だ」と言う思考から築き上げられたアイデンティティ感覚を得るのです。あなたは、自分がその中にいることを証明しなければならないのです。

が、この構造物は実際には思考以外のいかなる基盤も持っておらず、それは非常に薄っぺらな基盤です。そしてその構造物は一見して極めて重要なので、それが堅固に基礎づけられていることを証明することが非常に重要になるのです。さもなければ、この極めて重要な構造物が何の根拠も持っていないことを見る事は、かなり不安を与えることでしょう。・・・」


きりがないのでひとまず今日で終わり。

98年のメッセージNo.3でも書いたように
日常ではわたしを見ているもう一人のわたしがいます。
夢だとわたしが増える。

ホログラムで考えるとまた違ってくる。

話は少しズレますが、

ブログで度々書いてきたのは
写真は「見るものと見られるものが同時に写る」です。

写真の加工が好きじゃなく何もしないのはこれが理由なのかなと。

写真といっても、
勝手にきれいに撮ってくれる
iPhoneやスマホはこれには該当しない。
iPhoneやスマホに住みついているAIが撮っているようなものだから。


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| デイヴィド・ボーム/カール・プリブラム | 00:45 | comments:1 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

「やかん」に入れたスポーツ飲料で食中毒 注意を 厚労省
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200710/k10012507161000.html

銅が溶けだしたからという説明ですが、それだけで食中毒になるのだろうか?何か化学変化したみたい。何かと反応しただけで毒物に変わるような飲食品が身の回りにあるということかも。やはり、人工的な飲料は避けた方が良いですね。

| 名無しさん | 2020/07/10 11:07 | URL | ≫ EDIT















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