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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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コロナ対策「祝詞」2日目


祝詞奏上しました。

勘違いされないように毎回リンクしておきます。
http://cocorofeel.blog119.fc2.com/blog-entry-21334.html






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COMMENT

ムダじゃないと思いますよ(^^)

リンクの記事、初回の祝詞奏上のものですよね。
そこに書いてあった言葉だけど、「不本意」「無駄なエネルギー使いたくない」って、ちょっとびっくりです(・_・)
それでなぜ祝詞を奏上なさっているのでしょう??
そのままのお気持ちでは、あまし祝詞やって欲しくないかも〜w。

まゆみさんのお立場としては、「PCRは無意味」なのでしょう?
そんな検査で「妖精」になったところで羽根が生えるわけでも無し。
それでもまたもや「沖縄から妖精がいなくなる」ことを目指して祝詞を上げるんですか??
てか、そもそもがそんな検査なのに、前回、妖精者数がゼロになったことに意味があったんでしょうか??
だって、まだみんなれっきとした人間であって、妖精じゃないもんねw。
ほんまもんの妖精さんに笑われますよ(^o^)
あ・・沖縄からキジムナーがいなくなるのは、ちょっと困るねw。

ところで、RNAワクチンで遺伝子組み換え人間、すなわち人類が妖精になるという未来は結構ホラーですね。
いくらファンタジーが好きでも、強制的に妖精にされるのはごめんです。
そんなアホなこと考えてる私ですが、一応、論理的な思考はしているつもりです、はい。

祝詞にも関連するんだけど、少し気になったことを書いとくと、

マスクは効果がないという報道が出たようですが、それは「プランデミック」の一部でしょうね。
マスクだけでなくソーシャルディスタンスも効果がないってのがハワイの例ですから。
これまでの有効策が全て効かなくなったと既成事実化してゆき、じゃあ次は何でしょうw。

まゆみさんはこの報道のマスクの部分をブログの記事のタイトルにまでして、「ほら見たことか」と鬼の首を取ったかのようですが、私には鬼さんはすでに「マスクを外させよう」というシナリオを展開し始めてるような気がします。(一つには、監視カメラにも妖精が写るように? ・・光学迷彩マスク欲しいw)
つまり、フェイクパンデミックに抵抗する人々も「利用されて」いるんじゃないのかな。
マスクしてる人を叩くのって、憚りながらそれってヘイトにならないかしら?
市民同士で対立させる分断工作のような・・。
何より、マスクしてたら全員が全員、「隷従してる」わけでもなし。
アレルギー(花粉症に限らず)、大気汚染(昨日那覇はPM2.5注意喚起レベルだったよ)、放射能(チェルの森林火災もそんな昔じゃないよ)それに飛行機雲がケムいやつwとか本当に風邪ひきさんだとか、声楽家が喉を保湿するとか、コロナ以外の対策でマスクしてる「従来のマスク市場を牽引して来た」人々まで「洗脳されてる」って糾弾されても、なんだかな。

マスクを祓うことが祝詞の目的ではないとわかってて書いてますが、とにかく、その先にあるシナリオが透けて見えてる以上、そっちを阻止する方向を明確に見据えて祝詞をやって頂くのがいいと思います。
決してムダなエネルギーなんかじゃないと思う!

あ、そこまでわざわざ言いたくないってだけで、不本意云々ってのはフェイクだった??
失礼しました〜m(_。_)m

| みつばちのささやき | 2020/08/07 14:17 | URL | ≫ EDIT

ムダじゃないと思う二つ目ですw。

さっきのはおふざけっぽかったので、も少しまともな文体で書きますね。連投失礼。

コロナは戦争だと、いみじくもまゆみさんがお書きになっておられますが、発端が武漢だということから戦争かもしれないと、実はそう考えたことがありました。
それはともかく、戦争だからこそ「馬鹿げたインチキコロナ」じゃないと言えると思いますよ? 馬鹿げたインチキな方法、でも、それこそが連中のやり方なのだと、これまでまゆみさんがブログでまとめて下さったことじゃないですか。なので、「まさにその次のステップ」として、発展的なこととして、まゆみさんが祝詞を奏上されるのは、至極正当で、力強い抗力だと思います。だからどうか、「馬鹿げた」とか「時間の無駄」のようにおおっしゃらずに、いつものようにお願いします。
(いや、そういったフレーズは敵を欺くフェイクでしたかね^^; 野暮ちんですんまへん。)

今回の騒動で、馬鹿げたことに愚かなことに、善意の医療や専門家まで、その善意を利用されて手先にされていることが、ようやく可視化され始めたんじゃないかと思うんです。今までずっと、人々は善意で自分たちの足を引っ張り合って生きさせられていたのだと感じます。これまでずっとずっと、長くて気が遠くなるほど長い「フェイクの歴史」を信じ込まされ、近代化で隷属の時代から解放されたと騙されて、あたかも自分たちに主権があるかのようなフェイクの民主主義をあてがわれ。馬鹿げたインチキばかり行使されて、人々は馬鹿にされまくって来たのだということが、今回の複合的な馬鹿馬鹿しさの発覚で、ようやく明らかになったのです。そうした馬鹿馬鹿しい流れをこそ、祝詞で祓って頂けることを願っています。

つまり、今回だけが馬鹿げた騒動なのではないだろうと。
今回だけ馬鹿げたことだと言うならば、以前はまともな世界だったことになりますが、そうでしょうか。私はもう戻りたくないですね。真実を知ってしまったら戻れません。ロックダウン等の「新しいライフスタイル」が、いかに不自然であろうとも、私は、だったら前の生活に戻ればいいとは絶対に思わない。(だからと言ってこのまま新しいライフスタイルやってらンねえというのはその通りだけど。)なぜなら、今までの世界、そこにもフェイクしかなく、心に描く人々の幸せはないからです。

映画『マトリックス』を思い出します。せっかく覚醒して肉体を取り戻し、レジスタンス入りしたサイファーが、終わりが見えない戦いの日々に倦み、マトリックスの中の幻想世界の方がいい、「無知は幸福なり」と言って、マトリックスのプログラムによる脳内信号でしかないバーチャルなステーキを頬張りながら、敵方のエージェントと取引をするシーンがありますが、映画公開当時、戦う主人公達よりサイファーに同情的な感想を持つ人も結構いました。でも、今、それはやっぱり違うと思う。外を自由に歩けてマスクなしで人と会えて集まれるからと言って、元の鞘に収まるなんて「コロナ後」を生きることでは決してないと思うんです。本当の「コロナ後」を今から考えていかなくてはと思います。それがどういう風になるのか、まだわからないし、むしろ、実はその道を行く方がシビアだろうけれど、でも、より良いことへと向けた希望があるのでは? 元に戻れば、諦めがデフォルトだと嘯くことにしかならないように思います。

ちょっと書き過ぎたかもしれません。またロム専に戻りますw。

| みつばちのささやき | 2020/08/07 14:39 | URL | ≫ EDIT

Re: ムダじゃないと思う二つ目ですw。

私のことを陽性と呼ぶ内地の人に、水曜の夜、「妖精がリュック背負っててはダメでしょ」って言われました。一旦送信。

| まゆみ | 2020/08/07 15:03 | URL |

Re: ムダじゃないと思いますよ(^^)

ああいったことを書けば、みつばちさんのようなコメントが入るだろうなぁと予想していました。

たくさん書いていただいたので少しコメントしますね。

最初に祝詞のことをご存知ですか?
次に私がやっている祝詞のことをご存知ですか?


| まゆみ | 2020/08/07 19:56 | URL |

Re: ムダじゃないと思いますよ(^^)

〉そのままのお気持ちでは、あまし祝詞やって欲しくないかも〜w

この書き方だと、祝詞の所有者はみつばちさんのように思いますが、例を出すと作曲者が、「この歌はそんな気持ちで歌って欲しくない」とか「そんな気持ちでこの曲を演奏して欲しくない」とかいった具合に。

| まゆみ | 2020/08/07 20:08 | URL |

Re: ムダじゃないと思いますよ(^^)

>まゆみさんはこの報道のマスクの部分をブログの記事のタイトルにまでして、「ほら見たことか」と鬼の首を取ったかのようですが、

鬼の首を取ったかなんて100%思っていませんよ。全くの勘違いです。それ以前にマスクに効果がないことは数え切れないほど書いていますので、鬼の首を取ったかのように感じられたなら、私に対するイメージですね。

長い文章はタイトルに書けないから省きました。あれ以上長いのは無理です。

本文に「マスクが全く役に立たない。ハワイでは4月20日にマスクが義務化され、近隣の国と2000マイルもソーシャル・ディスタンスを取っていたのに感染者が7倍に増えた。」とあるからこれで十分じゃないでしょうか。

>マスクを祓うことが祝詞の目的ではないとわかってて書いてますが、

そんなこと考えたこともありませんよ。

>とにかく、その先にあるシナリオが透けて見えてる以上、そっちを阻止する方向を明確に見据えて祝詞をやって頂くのがいいと思います。

これはお願いですか?

>不本意云々ってのはフェイクだった??

言葉は難しいですね。不本意一つとっても使い方、受け取り方がそれぞれ違います。

| まゆみ | 2020/08/07 20:29 | URL |

Re: ムダじゃないと思いますよ(^^)

陽性者ゼロにするために祝詞をしたわけではありませんが、性格上統計をとってしまうので、見てると2週間でゼロになっただけです。今回も祝詞が環境にどう作用するのか目印になるとは思います。陽性者ゼロにするために祝詞をしたなら14日で終わっていますが、実際は30回やりました。

| まゆみ | 2020/08/07 20:47 | URL |

返信ありがとうございます。1

私が書いた、
>>マスクを祓うことが祝詞の目的ではないとわかってて書いてますが、

に対するまゆみさんの、

>そんなこと考えたこともありませんよ。

あら、これ、誤解されちゃいましたねw。書き方が悪かった。ごめんなさい。

でもぉ・・「それが目的ではないとわかってるよ」って書いてるんですけど?
この「前振り」は、単に文脈上の理由で、マスクの話に偏ってしまったので元の話題に戻そうとしたってだけなんですが・・。

マスクを祓う目的で祝詞をあげてるんじゃないかって私が書いてる?
そんなことは「私だって」一言も書いていないし、思ってもいません(爆)

コメントの主題はあくまでも「不本意」「無駄なエネルギー」についてですから、マスクを引き合いに出したことで文脈が外れてしまわぬよう、また、ちょっと冗談めかした文章にするために、こういう言葉を書いただけです。
茶目っ気を出して、人がつけてるマスクを取っ払うの「払う」と「祓う」の掛詞にしてみたのは、「妖精」っていう比喩を使った文体だから、それで通じるかと思っただけ。
通じなかったのは、ひとえに私の力量不足ですから、あなたのせいではないと思います。(マジで。)

そして、私が書いたこれ、
>>とにかく、その先にあるシナリオが透けて見えてる以上、そっちを阻止する方向を明確に見据えて祝詞をやって頂くのがいいと思います。

に対するまゆみさんの、

>これはお願いですか?

いえ、お願いしているわけでも、まさかの「押し付け」なわけでも、もちろんありません。

こう書くことで、「あなたの記事からは、特に不本意ながら等の言葉がある以上、今回の祝詞が何のためなのかが見えてきません、見えてこない以上は読者は好きに自分なりの仕方で祝詞の目的について思いを巡らせてもいいですよね」っていうのがメタメッセージなのですよ?

祝詞の目的、何のために今回は奏上されるのかが記事の中から見えてこなかった以上、前回はそれで陽性者がゼロになったという言葉は「今回の目的」を暗示するヒントとして読めてきますし、だから、それについてコメントしてしまうのは、そう不自然ではなかったと思いますが。(自分で言うのもなんだけど。)

私は今回のまゆみさんの祝詞について否定しているつもりは一切ないため、「そんなお気持ちで〜欲しくはない」とは書いても、それは「祝詞奏上への否定や批判じゃないよ」ということを強調しようと思ったんです。
とても気を遣って書いたからこそ、このようなことまで書かざるを得なくなっただけですw。

ちょっと書くと、さらに説明しなくてはならなくなってしまうため、今回の祝詞に好意的になっている理由もつけておこうと思って、私だったらこう考えるということを二つ目のコメントで書いたんです。
祝詞の効果として、こんな風なこともあり得るかもなあって、手前味噌ながら考えてますっていう。
ポジティブに、エールを送ったつもりなだけです、この引用の下りに関しては。

だからね?

>陽性者ゼロにするために祝詞をしたなら14日で終わっていますが、実際は30回やりました。

こういうこと後から書かれてもさあ・・(ーー;
いや、前の時にも書いていらしたかもしれませんが、特に今回、祝詞開始の際に「陽性者ゼロになった」とわざわざ注記されてしまえば、それが目的に見えてしまいます(汗)
なんか、私、無駄なエネルギー使ってたってことかな?笑

それに対して丁寧に返信を頂いてしまっているのも、忸怩たるものがあり・・(><)

とは言え、双方の誤解もいろいろありそうなので、まゆみさんに倣って、以下、いくつかに分けてレスさせて頂きますね、あしからず。

| みつばちのささやき | 2020/08/08 03:34 | URL | ≫ EDIT

2です。

言葉は難しい、同感です。まゆみさんも「みつばちさんのようなコメント」って、「先入観から」私のコメントを読んでいらっしゃいます。「〜のような」って何? 私はカテゴライズされるような単純なコメントを書いたつもりはないです。(複雑と言うよりまとまってないだけか?w)

それに、私のハンドルは「みつばち」ではなく、「みつばちのささやき」です。「みつばちが囁いているコメント」という意味としてシンプルに受け取られたのかもしれませんし、ハンドルを略して親しみを込めて呼びかけて下さったのかもしれませんが、もっと親しくなるまでは、相手のハンドルは正確になぞったほうがいいんじゃないっすかねえ。

さて、私のコメントは「不本意」等のまゆみさんの言葉についてが今回の主題ですが、「批判的なコメントって、難しいな」と思いながら、二日間、悩みながらどうやったら真意を汲んでいただけるだろうかと自分なりに(独りよがりにw)腐心しながら書いたものです。
わかりにくい長文になってしまい、失礼なことをしているとは思いながらも、言わずにはいられなかった私の気持ちがあります。

まず、祝詞のことを作曲家の言葉と比較されていますけれど、それも私の意図を読み違えておられます。
というか、まゆみさんの側の「投影」だと思います。
以前、あなたのブログのどこかで誰かと交わされた類の対話の蒸し返しとして、あなたは私の言葉を受け取られているように思いました。

それでも、内容的にとてもとても、まゆみさん的なレスだなあと感じまして。
だから、そういうレスが返ってきそうなことを予想しなかった私の戦略ミスではありますねw

祝詞の所有者? 私は祝詞を所有していません。
まゆみさんが祝詞を「所有している」という、そういう個の実存とその表現性(とでも仮に言っておきますが言葉が見つからないので)こそを重視し、祝詞奏上に関してもそれをベースとして「これ、私のだから」とするお考えの持ち主だということを、ちょっとだけ忘れていたかもしれませんが。

確かに、個々の奏上という事態は、「それを奏上した人のもの」だと思います。こだわってしまえば、これは所有ではなく、帰属という感じだと思いますが、そうした違いを論じたくて再度レスをしているわけではないので省きます。

しかしながら、祝詞という「形式」「雛形」「メディア」は個人が所有できるものなのでしょうか? それは個人には属さないのでは?(ソシュール風にラングとパロールで言うならば、ラングに当たるものです。パロールは個人に属しています。)

私見ながら、祝詞という形式、雛形的なものは、心身ともに「ブレない境地」で、深層意識や超意識とも繋がるような宇宙的次元での「操作」だと私は思っているところがあります。
たとえ操作を意識していなくても、操作的な効果は生じ得ると思っているということです。
つまり、世界に対する何らかのエネルギー的な動きを発動する「ツール」「メディア」と「なっている側面が大いにある」ものとして考えています。

物語で、子供が太古の遺物をそうと知らず「可愛いから」と愛玩してたら、知らない間にそれが「ご主人様の願いを叶えましょう」と、その子が発した「こんなガッコー壊れちゃえばいいのに」とかのただの愚痴をその通りに実行してしまいそうになって大慌て、っていうのを想起しますw。

この考え方は、まゆみさんのお考えとは全く違うかもしれません。

もっと気楽に「自分のものとして」歌を歌うのと同じように、好きにやってもいいのかもしれませんが、効果が生まれてしまうことまで考えると、パンデミック騒動のような社会的事態を背景としている以上、操作になってしまうはずで、そこには責任性も生じるような・・。

それゆえに私の発言の意図は、「不本意」とか「無駄なエネルギー使いたくない」というあなたの言葉は、「ブレ」だと感じられたということです。
だから、「そんなお気持ちで」祝詞を奏上されてもなあと書いたのです。

ブレてると書けば、何か純粋至上主義者のように誤解されそうだし、さらに話がずれて行きそうなので難しいですが、ブレてるの端的な意味は、「不本意だわ不本意だわ」って言いながらやってるのって、自分で自分にダブルバインドかけてるみたいって思ったってことです。嫌よ嫌よも好きのうち、じゃあないですが、不本意不本意と言いながら坦々と、もしくは嬉々としてやってしまう事柄っていうものもこの世にはいっぱいあるんでしょうけれど、それが複雑性というか、人間的ということでもあるのかもしれませんが、でも、「祝詞をツールとするなら」それでええんかい?って思ったと。

私の考えが正しい保証も全くwないので、あくまでそういう感想として置いておきます。
平行線ならそれはそれで、そういうものですから、それ以上の言及をする気はありません。
そして、まゆみさんの「祝詞の所有」について、少しでも理解できるようになってみようと思います。自分と異なる考え方は、納得してしまえば面白いって感じられますから。

実を言えば。

ブログで言葉にされていることと、まゆみさんの本意との間には、幾重にも様々な「想い」が挟まっているはずですから、ブログ記事の次元はその次元として存在するでしょうし、どのように書いていくかという戦略もおありでしょうから、「まゆみさんなりにお考えがあっての言葉だろう」と思ったので、初日の記事のその言葉には、私は何も言う気はありませんでした。

しかしながら、二日目にもなって、わざわざリンクまでして何度もそれらの言葉を参照させる意図は何なのだろうかと思ったので、「そんなお気持ちで」と書かせていただいたんです。

もちろん、祝詞を奏上される時の実際のまゆみさんご自身は、「そんな(ブレた)お気持ち」ではなかろうとは思いますが、事象として祝詞と連動しているはずのブログにおいて、その「ブレた」ように「一読者が感じてしまうような」言葉を何度も目にするのは、あなたのエゴの反映ではないのかと思ってしまったんです。ハッキリ書きますけどw。
ま、エゴでもいいんですよ、ブログって言うメデイアはブログ主が好きなように発信する自由なものですし、祝詞を奏上するのはまゆみさんだから、エゴも含めたまゆみさんの「所有」ということでしょうから。

ただ、繰り返すようですが、わざわざ祝詞で沖縄の陽性者数を削減する効果があったとの注釈があったので、社会的広がりのあることを意図されているようならば、個人的な領域や個人としてのパロールの所有を超えると思ったので。

で、「みつばちさんのような」コメントが来るだろうと思ってた、と?
まゆみさんったら、ひとが悪いw。

・・私は嵌められたwってことですか。誘導されて書かされた感w。
ブログの言葉と真意の間に何があるのか、ことまゆみさんに関しては、詮索するのはやめた方がいいらしいということをも学ばせていただきましたw。

| みつばちのささやき | 2020/08/08 04:00 | URL | ≫ EDIT

3です。

次はマスクの件ですが、「ヘイトじゃないのか」「市民の分断工作になるのではないか」というのがマスクに関しては伝えたいことでした。でも、それはコメントのメインじゃないです。書かなければよかったかな? でも、後で触れるように主題と何処かで被るものだったんで・・。

マスクが効果がないとか、マスクは酸欠、不衛生とか、それらの情報さえ「操作された情報だ」って、まゆみさんはもしかしたら気付いていないんじゃないかって思ってしまったんですよ。

マスクが法的には「雑貨」扱いだってご存知ですか? 衛生用品でさえないのです。それひとつとってもマスクを巡る事象の奇怪さがわかるでしょう。
私から見たら「フェイクを告発する側はマスクを叩くように誘導され、洗脳されてる」って思えるんです。(これ言ってる人、居ないですから。フェイクだとわかっているかどうかの踏み絵として、マスク叩きがある感じでさえあり。)

まゆみさんのブログだけのことではないのですが、昨今のマスク叩きに関しては、「記号としてのマスク」と「実体としてのマスク」を混同してるっぽいと、最初はそう思っていたんですけれど、だんだん「実体としてのマスク」についてさえも、「酸欠」「不衛生」といった「一部の情報」が誇張されるようになってきて、そこにまゆみさんの感情も乗っかっていく様子だったので、ちょっと気になってしまったんです。

マスクに関しては、こちらも幾ばくかの(それなりに根拠のある)情報を持っていますが、コメントの主題から逸れるから詳細を書くつもりはないです。
ヒントだけ置いておくと、「身体技法」という概念が参考になるかと。

マスクをどう装着し、マスクを通してどう呼吸するか、それは文化的「身体技法」なんです。古いCM「メガネは顔の一部です」じゃないけれど、「マスクは身体の一部」だとして「どう使うか」ってことです。

和服だから日本人は「ナンバ歩き」をしていたってのと一緒。昔の日本女性は生理の経血を止めておいてトイレに行く時にまとめて排出できたというのと一緒。今でも世界の片隅では重量のある荷物を頭にひょいと乗せて山際の狭い崖を何キロも歩いているというのと一緒。

そのためにはマスクが実物としてどうあるべきかという議論ももっと必要だってこと。いまの下手っぴいな使い方なら、そりゃ酸欠で不衛生でしょうしw。
このことは、マスクのヘビーユーザーならわかるでしょう。医療現場においてもコロナ前はオペでもなければマスクはしない医師や看護師がいっぱい居たから、医療従事者でもマスクについて知ってる人は意外と居ない感じがしますw。

生理用品のユニ・チャームがマスクを開発、販売しているように、マスクって、生理用品と同じで、タイプやサイズ、使い方が極めて重要な、本来なら呼吸を補助するための衛生用品の一種として扱われるべきものでしょう。

サイズが合わないだけで、ズレやすくなって肌荒れします。通気性を確保した「口元ゆったりタイプ」でさえ、サイズが合わなければ「ゆったり」じゃない部分が鼻のところに来てしまって「息苦しくてつけていられなくなる(経験あり)」ものなんです。
そういう使い方をしている人って多いですよ、見ていると。パンデミック騒動以降に初めてマスクをしたような「マスク初心者」ばかりでしょ? なのに、業界さえ正しい情報を発信せず、一方で、「マスクは健康に良くない」というような情報ばかりが、フェイク・パンデミック騒動に対する抵抗勢力によって拡散されていく現状。
「戦争」「武漢」って書きましたよね。マスクの品不足の頃のことまで考えたら、これらがどういう意味を持つか、もっと深くお考えになって頂きたいところです。

上で書いたようにマスクが法的には「雑貨」扱いで、それで長らく通用してしまったのは、これも一種の「騙し」でしょうし、フェイクな世の中の一例ってことです。

コロナ前でも頻繁にマスクをしているようなユーザーは、それほど多くはありませんので、マスクの市場規模はそんなに大きくなく、だから品不足になった際、業界団体が、「生産ラインを増やしてもパンデミックが収束したらまた売上が元に戻ると考えたら増産するのを渋りたくなる」というような発言までしていたくらい。
だから、普通の、というか、マスクを滅多なことでは使わないような人々(まゆみさんもそうかな?)からしたら、マスクなんて鬱陶しいものは義務にされたくないという心理も手伝って、「マスクなんてダメ」って言う「科学的装い」の情報が拡散されていれば、コロッとその方向へ騙されるんだろうなと思います。

ではなぜ、酸欠、不衛生とまで言われても、世界中のマスク業界は何も言わないのか?

産業社会において、大気汚染、公害(放射能漏れも含む)は付き物。ケムナントカについては触れることもタブー。ヘーキとして何かを撒いてる疑惑についても。(ウイルスはエクソソームでしかなかったとしても、「細菌」の遺伝子操作は可能でしょう。)
人々は、呼吸やその方法について意識を持たないようにされていると思われるんです。深呼吸や腹式呼吸、鼻呼吸口呼吸の違いなんてことも、一般には我流だし、テレビの健康情報でチョロっと出るくらいじゃないですか。

で、そういうマスクに関する深謀遠慮まで了解した上で、まゆみさんがマスク否定記事をお書きになっていらっしゃるとは、到底思えませんでした。

もっと言えば、あなたが県庁前のデパートで自分だけマスクをしていなかったとお書きになった時、困ったな〜って思ったんです。それと今回の祝詞に対するまゆみさんご自身の言葉が、「私には」リンクして読めました。だからマスクのことまで「ついでに」書いておいたんです。さりげなく気付いて欲しかったからです。でも、マスク不要論はまゆみさんの中ですでに確固たるものとなっているようですので、さりげなくは無理でしたね。
なので身体技法という言葉まで使ってしまったのは、またもや書き過ぎです、すみません。

ここで一旦切ります。

| みつばちのささやき | 2020/08/08 04:11 | URL | ≫ EDIT

4です。(ここまでです。)

マスク続きです。レスはここまでとします。

まず、まゆみさんからの引用です。

>鬼の首を取ったかなんて100%思っていませんよ。全くの勘違いです。それ以前にマスクに効果がないことは数え切れないほど書いていますので、鬼の首を取ったかのように感じられたなら、私に対するイメージですね。

そうです、そういうイメージです。デパートの件とかね。だからちょっと挑発的な言葉を使いました。それは認めます。
他にもヒステリックにマスクをつけている市井の人々を攻撃することが時々あるように見受けられました。
だから、街でマスクをしているからって、全てが全てコロナ対策の人ばかりじゃないだろうって書いたんですよ。

デパートでみんなマスクをしてるって言って、「みんな」って一纏めにしてしまって、別の理由でマスクをしている人達に対する配慮が一切なかったじゃないですか。

あなたは祝詞の所有というように、あくまで「ご自身のもの」「ご自身のコト」ということに徹底的にこだわっておられますが、では、他の人についてはどうなんですか?
マスクの「所有者」がマスクを装着するという個別の行為を所有しているのであって、権力に逆らえないから装着していると、等し並に断じてしまうことへの危惧を思いっきり感じました。

で、・・ちょっと次の段落は偏見かもしれませんが、

「ご自身がマスクの科学を本当にわかっているわけでもないのに」どこからか仕入れて来た論文だとか海外の記事だとかを寄せ集め、ご自身の検証なしで「マスクは効果がない」「マスクは健康に良くない」「権力への従属の象徴」といった印象操作をされるんですから、アレルギーゆえに、時にはずっとマスクをしていないと呼吸が辛いことがある人間にとっては、つまり、マスクの装着を「所有」している個としては、溜まったもんじゃないですよ。

フェイク・パンデミックを叩く側のマスク攻撃が嵩じれば、マスクをしている人に実際に暴力を振るう人まで出るでしょう。
いえ、すでにあなたの言葉自体が暴力性を持っていることに気付いて頂きたいです。

デパートが、店員もそうだけれど客にもマスクを要請している以上、そこにマスクなしで飛び込んで行っても、「異化作用」が生まれてそのあなたの意思表示が理解されるかと言えば、状況からはそうは思えません。フェイク・パンデミックだと知らない人々に「あの人が無症状感染者だったらどうしよう」という不安感を与えるだけにしかなりません。勝手に怖がれって? そういう芸術もありますけどね。(シチュアシオニストですかw。)

もちろんデパートのお客さん達がフェイク・パンデミックだと知らないのは「洗脳されてる」からかもしれないけれど、だったら、そのことを教えるためには、もっと別の方法があるでしょうし。
まあ、まゆみさんがそんな啓蒙的意図があったとは思えませんが、このところ、随分とマスクをしている人について色々言っておられるので、ブログで啓蒙しているおつもりもあるのかと。
それで、デパートの記事は、稚拙な抵抗の身振りだと感じたわけです。
デフォルメして誇張して言うならばですけど、古い左翼みたい。新左翼に対する旧ではなくて、自由だ抵抗だって言ってれば済むと思ってるのが古い左翼っていう意味ですw。
左右両建てという概念もありますが、フェイク・パンデミックを告発している陣営からの科学的な装いを持った発信ならば全て正しい情報だと思い込んでるかのようだ、という「イメージ」を持ったということです。

まゆみさんが実際にそうなのかどうかは存じませんが、私にはそのように読めたということで、それはこちらの何かの投影かもしれませんし、なので、「違う」と思われたなら思いっきりスルーしちゃって下さい。

以上、読んで頂きありがとうございました。

| みつばちのささやき | 2020/08/08 04:22 | URL | ≫ EDIT

Re: 返信ありがとうございます。1

以前も書きましたが、私のやっている祝詞について少し書いておきますね。

ブログに「祝詞」とは書いていますが、私がやっている「祝詞」はオリジナルです。祝詞の内容(言葉)は関係ないです。音でやってます。音だから言語は内容は関係ありません。民族も国境も関係ありません。

祝詞するきっかけは宮司ですが、使い方、メカニズムなどは最初「夢」から学びました。あとは自分の感覚です。だから私の特技と言ってます。

祓ってはいけません。祓えてもその時だけでまた元の木阿弥です。もしも祓いたい相手がいるなら、相手も乗せるんです。経験的にこれしかないです。

目的無しにやる場合と目的ありでやる場合があり、この場合、やり方が違います。目的がある場合は祝詞を変えたり、祝詞と祝詞の間に自分の言葉を入れます。多分こんなことしている人はどこにもいないとは思います。

目的を持ってやった時の理由は雨です。夢でこの時間にこの祝詞をすると雨が降ると教えられました。それでやったらすぐに空が真っ暗になり、雨が降り雨不足が解消されました。一回だけだと偶然かもしれないと思い、後日再度やったところ、また大雨が降りました。驚いてそのことを知り合いの神社関係者に話したら、私が使った祝詞は雨を降らす祝詞ではないと言われました。その後新しい閃きがあり、雨を降らす時は別の祝詞を使い、別のやり方でやっています。止める時も同じです。

祝詞であって祝詞でないと言うのが一番正確かもしれません。

| まゆみ | 2020/08/08 10:38 | URL |

Re: 返信ありがとうございます。1

祝詞を始めた頃は祝詞でなんでもできるので人の病気治しもしましたが、その後、止めました。それ以降は大勢の人の為になること、動物を含めた環境のためになることだけでやっています。

前回、コロナ対策でやった祝詞は世界に向けてです。祝詞にもその言葉が入っています。

ただ毎日外出し、人と出会い、会話する中で一番身近なのは沖縄です。生のリアルタイムの情報と出会えるのは沖縄だけです。だから沖縄に意識が向かうのは当然です。私の顔をみると、私から話を聞くと安心すると言われ、説明もたくさんしてきました。みなさんんの関心事は陽性者の数でした。それは今も変わりません。なので途中から統計を取るつもりで何回祝詞すれば沖縄がゼロになるんだろうと思うようになりました。

祝詞するのは時間もかかるし、目的がある場合はエネルギーを使います。だから30回で終わったときはホッとしました。自由な時間が戻って来たからです。

沖縄の人はマスクが嫌いです。コロナ以前にマスクをした人を見かけたことはありません。もともとマスクが嫌いなのでマスク着用は日本中で一番遅かったと思います。最後の最後までなかなかマスクをしませんでした。その沖縄の人の多くが今はマスクを着用しています。怖くてする人、人の目が気になってする人です。

元々鬱っぽかった人がテレビにかじりつき、怖くて家に閉じこもり歩けなくなった人もいます。

今回祝詞やろうと思ったきっかけは「沖縄が心配」というコメントが入ったからです。一人は大勢でもあるのでやろうと決心しました。なので今回は意識を沖縄に一番向けています。沖縄は雛形だからと言い聞かせている私がいます。

祝詞をする場合、環境はシンプルに反応しますが、人間社会は違います。いまのコロナ騒動を見ていると、祝詞をやっても無駄というのが素朴な思いです。行き着くとこまで行ったほうがいいんじゃないかとか色んな思いがよぎります。自分の中で葛藤があります。いまでも葛藤があります。

しかし「沖縄が心配」という言葉を目にすると気になってしまいます。何処にお住いの方なのか顔も名前もわかりませんが、コメント欄と言っても目の前で起きていることなだからです。祝詞しなきゃいけないんじゃないかと考えるのです。

不本意、無駄なエネルギーについて説明するのは難しいのでやめておきます。

| まゆみ | 2020/08/08 12:06 | URL |

祝詞についてのご説明へのお礼と、そこから見えて来たこと補足1

祝詞について詳細に書いて頂き、恐縮です。ブログ記事の更新や祝詞奏上もある中、本当にありがとうございます。
こちらからの返信が遅れてすみません。休暇ながら、日曜からの急な台風接近で予定が狂い、ちょっと色々立て込んでおりました。

さて、まゆみさんの祝詞が音に主眼があることやオリジナルであることは、一応、私も以前からの読者ではあるので(時々ブランクありの、結構いい加減な読者ですが)大枠は存じておりました。ただ、失念していたところもあります。特に「祓う」ではダメだということが頭から抜けてしまっていた。お恥ずかしや^^;

なぜ抜けてしまったのか。いまだに自分で納得してないところがあるんだと思うんです、「祓う」がダメだというのが。例えば、放射性物質は、飛んで来てしまったら祓う以外にどうしようもないところがあり。祓っても祓っても際限無いですが。ただ、核転換でも起こすなどすれば、「祓ってもダメ、相手を乗せてしまう」に通じるとも思えて来て、ちょっとヒントを頂いたように思います。

ところで、オリジナルだと言っても、「まゆみさんの」祝詞も、私が書いたところの、天地人の間で響かせて何らかの「効果」を起こすという意味で、エネルギー的な操作の「ツール」「メディア」と見なせるんじゃないかということとは矛盾しないのではないかと。

そして、目的があって祝詞をやる場合と目的がない場合があるとのことですが、目的がない場合でも、なんらかの効果、というか何かの反応が世界に生じるのではないでしょうか。
特にそうした結果の反応を、あらかじめ目当てにしていたわけではなということだけで。

以下は返信されたことを受けての補足です。

まず、「雛形」と書いたのは、文書作成ソフトのような「定型句のテンプレート」の意味じゃなく、「型」っていうことでした。あるいは、まゆみさんが「沖縄は雛形」とおっしゃるような意味での「雛形」です。

「形式」という言葉もそうです。
祝詞奏上という行為は、「エネルギーで世界を動かす」ために「一連の道筋を通して」今ここから宇宙に向けて「開く」ものであるとでも言いましょうか。その一連の道筋となるものこそを「形式」という言葉で表したのです。実は、自分でもそこまで意識化、言語化してはおらず、自分のイメージで「雛形」「形式」と書いていたので、伝わらなくって当然でしたね。

そして、一言一句が定型でなくても構わず、エネルギー的に祝詞という「型」と相似形だったり、シンクロするものであってすでに存在している祝詞という事物(「型」)と響き合うならば、その具体的な形式(実際に奏上される言葉や音の連鎖)を通して発動できる、という感じかな。

で、こうしたことを書くことで、私は最初からまゆみさんが祝詞を奏上することで起こる「効果」について問うています。

「不本意ながら」「無駄なエネルギー」だという「想い」の波動がそこにどういう影響を及ぼすのかということだけを懸念しております。

もちろんまゆみさんが返信の最後のところでお書きになっていたように、「不本意」や「無駄なエネルギー」という想いについて、どうなの?どうなの?と問いたいわけじゃないんです。それが具体的にはどのようなものであり、それをどうやってご自分の中で決着つけて行くのかは、それはまゆみさん個人の「生」の中でのことですし、まゆみさんの領域のことですから、私がどうこう言うことじゃありません。

ただし、祝詞のように実際の社会、環境、人々、世界、宇宙になんらかの影響を与えることとなると(それを目的としていなかったとしても)言葉の世界、思考や思想では済まなくなるので書かせて頂きました。

まゆみさん自身が、今回の返信の中で「葛藤」もあると漏らされていましたよね。
正直なお言葉を聞かせて頂いてありがとうです。

引用させて頂くと、

>祝詞をする場合、環境はシンプルに反応しますが、人間社会は違います。いまのコロナ騒動を見ていると、祝詞をやっても無駄というのが素朴な思いです。行き着くとこまで行ったほうがいいんじゃないかとか色んな思いがよぎります。自分の中で葛藤があります。いまでも葛藤があります。

沖縄の人々に恐怖心ではなく心の平安とか勇気を与えるのを祝詞でサポートする、というのはまゆみさんの祝詞ではカテゴリー違いでしょうか。
実際のコロナ騒動そのものに手を突っ込んで、統計的な結果を出すというようなことではなく、それでいて、まゆみさんの祝詞を使って沖縄の人々にプラスになることをエネルギーとして呼び込む、みたいなことなら、まだ可能性はあるような気はしますが・・わかりません。

今回頂いた返信は、大方の言葉がすっと入って来たのですが、この「行き着くところまで云々」だけ、ちょっと引っかかりを覚えました。

まゆみさんが「コロナ騒動」の何をどうすれば解決したと見なすのか、それにもよると思います。通常の意味でのパンデミックなら収束すればいい、感染者数が減る等の結果が見えてくる。でも、フェイクですからね。フェイクとわかっていて統計的な数値に何を期待するのか。(これも最初のコメントで書いたことではありますが。)

かといって、「行き着くところまで」っていう放り投げ方はよくわからない。フェイクパンデミックって、よくよく考えれば馬鹿馬鹿しいより恐ろしい事態ではないですか? なのでそのシナリオの行き着く先を阻止する抑止力となるなら、そういう方向もあるんじゃないかと私は二つ目のコメントで書いておいたんですが、参考になったかどうかわかりませんが。

そして、祝詞をやっても無駄というより、ツールとしての型が事象に合わないというか、祝詞としてまゆみさんがなさって来たものは、対人間社会の事象には合わないということは、あるかもしれないですね。
かと言って、別の何かのエネルギーを使って(何らかの術式で)どうこうするものでもないという気もします。

というか、今、「そのような」次元を見るとするならば、実際にどこかの誰かがマジカルに思いっきりエネルギー操作しまくってるんだと思うんですよね。このフェイクのシナリオが成就するようにw。伝統的にそういうことを生業としている方々が、表には出てこないけれどいるんでしょうから。
そこに割って入るんですから、やるとなっても祝詞という形式が合うのかどうか・・って、この返信を読ませていただきながら考えていました。

それ以上に、葛藤がありながら行われる祝詞では、その葛藤まで世界に響き、宇宙にまで届いてしまいます。それって、やっぱりブレだと思う。そして、世界は、宇宙は、その葛藤の情報まで含んだあなたからの発信に対して応える(相互作用を起こす)ことになるんだと思われるんです。

それが否定的な事象として反映されるほど、あなたの実力がないわけではないだろうというか、プロフェッショナル(対価を得ているという意味ではなく特技としてそれを人に供する専門家というような意味で)なら、内的葛藤があろうが祝詞奏上にそれが影響しないようになさるでしょうけれど、でも、あなたの中にある、そこにある全ての波動は消えはしない。
あなたの奏上した祝詞と共にそこにあるんです。

そして、それは今のあなたの脆弱性でもあるのではないかと、考え過ぎかもしれませんが(多分)まあ、危惧してしまったわけです。

例えば、とある剣豪がいかに強かろうと、山で出会った仙人から、「お主、迷いがあるな」と言われてしまうようなことって物語としてはよくあるでしょう? (スターウォーズとかでも、その手の話はいくらでもw。ってか、あれはそういうストーリーだよなあw。)

わかる人からは「丸見え」なんです。わかる人でなくても、今回、まゆみさんがそれをブログで書いちゃったから、私のような途上の人からでも見えたような気になってしまったわけですねw。
いえ、わかる人、わからない人の問題じゃない。「宇宙は」全て分かっているわけだし、写し出されるし、現象とはそこに全てが常に現れているものであり、潜在意識は繋がっていますから、ほかの全ての当事者も実はそれを無意識的に知っている。その次元でお互いに影響を与え合うことさえあるのですから。

世の中の仕事と呼ばれるものだってそうです。音楽家などでもそうでしょう。

私情を切り離してきっちり仕事なり演奏なりをして、それなりに素晴らしいと賞賛されるような、自分でも会心の出来だと思われるようなパフォーマンスを達成しても、そこに密かに何らかの翳りがあったり、本人や周囲にじわじわと負の影が及んでいたりすることって、割とあるんじゃないかと思います。

それは、はたで見ていてもわかるものです。普通はそう言うのは「見ないことにしておく」「ないことにしておく」「別に影響なんて大したもんじゃないし(と、その時代や社会や文化の限界を超えたことは否定したい)いいんじゃね? ンダ、ンダ〜・・」だから皆んな表層意識では気付かないだけで。

「このまま走り続けたら」あるいは「この人にこれをやらせ続けたら」何らかの破綻が生じるだろうなって、そういうのは、実は皆んなどこかでわかっていたりするもので。
そこまで行っちゃってもまだ本人の表層意識というか自我が「社会的な立場」を選択してしまうと、本当に破綻しちゃったりします、大なり小なりね。

だから改めて問います。

「葛藤含みの祝詞でいいんですか?」(私に答えて頂かなくて結構ですから。)

も一つ、「それで沖縄に何らかの派生的な影響が出てしまってもいいんですか?」

私が最初からそういう問いかけをしているのだとは、伝わっていなかったでしょうか?
「そういうお気持ちで、して欲しくはない」の意味は、字面だけでもかなりストレートにこのことを指し示していたつもりでしたし(つもり、です^^;)これ以外ありません。

だから、自分が作曲家の立場で曲の所有者として「こういう風に演奏して欲しくない」って言ってるわけじゃないんですよ。そのようにまゆみさんが解釈した時、ちょっと呆気にとられましたが、「その発想、面白いなあ」と思い続けて、自分にも問い続けて、そして今回の祝詞について返信を頂いて、ようやく何がすれ違っていたのかわかった気がしました。

私は沖縄県民です。

ですから、私は所有者、作曲家の側にいるのではなくて、私自身もまゆみさんの祝詞の効果を「受ける」側、「対象」なんです。

対象の側の一人からNGを出した、ってことなんです。

雨や台風の時、祝詞でお世話になっているので、それについては感謝の念しかありません。
それを先に書くべきでした。
今日も早々と台風5号の影響は薄れましたし。ありがたい限りです。

一方、県民だからこそ、私は自分の意思とは無関係に、あなたの祝詞の対象者に含まれてしまう。

だからこそ、自分の居る世界に「ブレた」波動を祝詞「を通じて」響かせて欲しくない、そういう意味でコメントをしたんです。きっぱりと私はそう言いたいわけです。
「うわ〜、なんか、ワジワジする〜、そういうんだったらやめてけれ〜(><)」に近かった。

でも、周囲の沖縄の縁ある人々に請われてする祝詞なんですね・・。
まゆみさんは優しいから断らないんでしょうね・・。
それで、ついつい成果を出してしまわれるわけですよね・・。

私が二つ目のコメントで、ポジティヴにやれって書いてしまった時、それは「お願い」ですかとお聞きになられた理由がようやくわかりました。

お願い、してませんw。

県民、自立しろよって思いますが、それを言う資格は私ごときにはないですけどね。

だけど、まゆみさんが祝詞を上げなければ、沖縄は、何も出来ない無力な県ではないはずですよね、本来。

御身を大事にしてください。それは、身口意のトータルな面でということで。
思想的にも行動的にも表現的にも。存在の全てを、大事になさって下さい。

この件、別の側面から、すなわち、以前まゆみさんがお書きになっていたことを例に出させて頂いて、その延長として、次のコメントでもう一度取り上げます。


あ・・沖縄県民と書きましたが、那覇在住のナイチャーです。
最初のコメントで、8/5のPM2.5の急上昇などという極めてローカルな話を例に出したことで、自分が沖縄県民であることを暗示したつもりでした。

そんな手前勝手な伏線を張っておきながら、また、ブログ読者を自認しながら、まゆみさんが「妖精」と言われることがあるのに「陽性」と掛詞にしてみたり、敵さんをあまりにグロいものに喩えるのも話がダークになってしまうので(だって実際に起きてることがシャレにならないほどダークですから)「妖精さんが出てくるんなら鬼さんくらいがちょうどいいかしら」と「鬼」という言葉を、それでも悪役にして、さらに手前勝手に一人よがりに書いてしまったこと、ちょっとお詫びしておきます。

まゆみさんのブログを読んでいる私が、いわゆる普通の意味で鬼を悪者扱いにする歴史に与する気はもちろんありません。(節分の豆撒きはやりませんし。)

最初に書いたコメントで、人類が人類でないものに変容させられてしまうという危険性を、あまりシリアスにならずに表現するギミックとして妖精さんと鬼さんに登場して貰っただけです。ただ、も少し注意深くあればよかったなと思ったのは、まゆみさんがリュックを背負った妖精ってレスしてきた時に「あちゃ〜、やっちまったか(><)」って、胸のあたりがチクっとした際に気付いております。

| みつばちのささやき | 2020/08/11 06:06 | URL | ≫ EDIT

祝詞についてのご説明へのお礼と、そこから見えて来たこと補足2

承前 まゆみさんが以前ブログで批判されていたことですが、同じ日時に祈りや瞑想をすることをネットで呼びかけて実施するイベントの話です。ふと、今日、思い出しまして。
そうしたことに関する批判記事が、私の記憶が間違っていなければですが、貴ブログで何回かありましたよね?

それらのイベントでは、祈り方や文言、瞑想の仕方に関しては特段のシバリがなく、参加する個々人の自由に委ねられています。ただし、日時指定があるように、ターゲットとなる事象はあるわけです。漠然と世界平和のためとかじゃなく、その都度の具体的な「○○のため」に祈りましょう、瞑想しましょうという。

これ、個々の祈りや瞑想は、参加した個々人が「所有」すると言えますよね? まゆみさんの言葉をお借りするならば。

プロフェッショナルなまゆみさんの祝詞の話と並べてしまうには、これらはあまりに素人な所有ですが。
それでも自分が自分なりに見出した方法に依拠して行うという「広〜い」意味においては共通するものです。「私スタイル」「私が編み出した」「本人次第」という。この次第は「式次第」の次第とかと同様の意味合いでもありますw。

それで、その人によって「これは私の祈りなの! 確かに○○のために祈っているけれど、どういうことを特に願って祈っているかなど、私の気持ちによるものよ!」ってことになったりするわけですね。
瞑想もそうです。「別にヨガとか座禅とか密教だとかは私自身は関係ないし、伝統的で正統な瞑想の方法かどうかはわかりませんが、○○のために自分で出来る形で目を瞑って黙々と瞑想(のようなこと)をするのでもいいかなって思うんです。同じ時間に瞑想をする人々の精神に合流できますように!」みたいな感じかなw

そういう個々の「私の」祈り、「私の」瞑想は、それぞれは純なハートから真っ直ぐに出てきたものかもしれません。
だけれど、日時を揃えて集団がエネルギーを集約する形は一種の儀式性を帯びるわけです。
個々の純な部分は突出せず、むしろ埋没してしまうのは、この方法の残念なところですねw。っていうか、当然、集団が結集したエネルギーを収穫しようとしている勢力が狙ってもいる。例えばそのエネルギーを株価操作に使うみたいなことですね? いや、むしろそういう勢力こそが「善意の」集団的な祈りや瞑想を企画し、呼びかけ、拡散し、成果を得ようと虎視眈々しているのでしょう。実際の現場の企画者はそれをわかってないで利用されていたりするだけだという。なので、この手の形の祈りイベントや瞑想イベントに関わってはダメだと、まゆみさんは批判なさっていましたよね?

いえ、今、私が書きたいのはそんな背後の勢力の話ではありません。
エネルギーが集約される形式と、個々の参加者のあり方の関係についてです。

これ、祈りや瞑想を祝詞と置き換えても成り立つように思うのは、私だけでしょうか。

もちろん、神社で参拝者が居たりする場面と異なり、一人で奏上する祝詞は集団的な行為ではありません。
特にまゆみさんの祝詞は極めてオリジナルなあり方をしている個人的なものと言えるでしょう。

とはいえ、祝詞がカテゴリーであり、形式であり、雛形である限り、それは集合的な次元に橋を架けるツールなのです。

まゆみさん個人の創意工夫を凝らしたものであって、国や民族等関係なく開かれたものであっても、「祝詞であって祝詞じゃない」とおっしゃっていても、「祝詞であって」の部分を引きずっている。
祝詞という範疇は範疇として保存している。

内容に従来的な祝詞からの変異や逸脱(良い意味で)があろうが、祝詞というカテゴリーを最終的に壊さない以上は、やっぱり祝詞は祝詞なんだと思うんですよ。
だから、祝詞を生み出した集合的な次元と繋がるものなのではないかと考えてしまうんです。

そして、祝詞という「雛形」がエネルギーを集約するツールであるという側面に、「乗っかる」ようにして、まゆみさんがおやりになっている。あくまでご自身のやり方でありながらも、発動させるエネルギーは集合性の次元に響く。

あ、「雛形」というのは、先のコメントでも書いたように、定型句のテンプレっていう意味じゃないですよ?「型」っていうことです。
「形式」という言葉も単に神社でやってる祝詞の文言や作法のことを意味していません。
「エネルギーで世界を動かす」類のものとして私は書きましたので。

物語っぽく喩えるなら、祝詞を司る神霊がまゆみさんの祝詞を聞いて、「これは祝詞じゃな」と思って認めてる。「だから通常、いわゆる祝詞が宇宙に響き渡るように、この者が音として発する祝詞も響き渡るよう、この者のエネルギーが最速で宇宙に広がる道筋を開いてやろう、祝詞の音がスイッチとして切り開かれてゆく最速ルートにチャンネルを合わせられるよう、ここは一つ、サポートしてやろう」って見守っている。「形式」「雛形」に乗っかっているということのイメージはそんな感じですw。

祝詞という発射台に乗っかって、まゆみさんのエネルギーが一気に飛び出すんですよw。
いや、飛び出させられるとも言うべきか。跳び箱の踏切板みたいにw(卑近になりすぎた^^;)

そういう「装置」でもある。だから「ツール」って書いてみたのです。

まゆみさんも相当なエネルギーをお使いになるでしょうし、また、この雛形自体が、奏上する人のエネルギーを必要とする(吸い上げる)でしょう。
祝詞に位負けしてしまうような存在だったら、奏上しても、そもそも効果なんて生まれようがないw。ところが、まゆみさんのように本当に効果がある場合は、たとえそれが「まゆみさんバージョンの音的な祝詞」だったとしても、元々の雛形として強く存在している祝詞(祝詞というもの自体がエネルギーを持ってますよ)と、まゆみさんが「渡り合った」相互作用の結実だということです。

奏上する人の存在の根底から、その場その時を生きる全てのエネルギーが引き出される。

だからこそ、奏上する人が「ブレて」いたら、ブレた波動まで引き出されて増幅され響き渡らせられることになるんじゃないのか、と考えるわけです。

いくら個人的なものだと言っても、祝詞という雛形は「集合的な次元に作られたもの」です。

だからこそ、奏上するには、よくよく注意深くもあらねばならないのではないかと思うわけです。

いや、思う「だけ」ですw。

だんだん戯言になって来ちまったか(ーー;

| みつばちのささやき | 2020/08/11 06:08 | URL | ≫ EDIT

沖縄の人はコロナ前はみんなマスクをしていなかったのか? 1

沖縄の人がマスクが好きではないというのは、「傾向としては」そうだと思います。

でも、全員が全員そうだと言い切れるものじゃないでしょう。沖縄の人だって色々な人がいるんですから。コロナ前からマスクをつける習慣のある沖縄県民だって、居るとは思われないですか? それって、極論してしまえばですが、少数者やマイノリティの存在、多様性に開かれた可能性を無視したことになってしまう虞れが〜・・。

なんか、まゆみさんって、「みんな、こうです」っていう言い方を結構、好みますよね。(隠れ全体主義者? まさかw)

そもそもが、今回のご返信でまゆみさんは、この私が沖縄県人ではないという前提を勝手に作り上げて書いていらっしゃるけれど、私が「沖縄県人である可能性もあるかもしれない」とは、一切、お考えにならなかったのでしょうか?(;_;)nakimasu

それは、まゆみさんがよく知っている沖縄県人とは、私が似ても似つかぬ者に思えたからですか?
それって、まゆみさんに都合のいいタイプの沖縄県人だけを、まゆみさんの瞳に映る沖縄県人だけを、カテゴリーとして「これが沖縄のみんなです」って括って、それ以外を暗に排除しているってことに、なってしまいませんか?

私だって沖縄県民なんですw。沖縄の人がマスクをしたがらないと言い切った場合、そこには私は不在ですね(哭)

ただでさえ、私は沖縄でアレルギーのためにマスクをして歩いていると(コロナ前から)奇異な目で見られることがありましたが、コロナが始まってさらに嫌がらせされてたんです。
ああ、このこと、あんまし書きたくないですよ、一応公開コメントですから。それに被害者ヅラしたくもないし。でも、ちょっと書いておかないと通じない気がするんで。

春節の頃、風がある日でマスクをして、買い物に行くんでリュックを背負ってゆいレールの駅の近くを歩いていたら、どこかのおじいに嫌そうな目でジロジロと見られました。某国からの観光客だでもと思われたんでしょうかね。

また、それからしばらくして、まだ県民にマスクが浸透していない頃、食材やラップなどを入れたマイバッグを持ってスーパーから出てくる私を見て、同じように嫌そうな顔をして、すれ違いざまにワザと咳をして入ってくる人が居ましたね。一回じゃないです、そういう咳をされることって。あれは・・でも沖縄県民なのかどうかもわかりませんが。一応、場面的には地元民の日常的に行く場所です。

その頃はまだフェイク・パンデミックという話は出ていなくて、人工ウイルスという話の方がネットでは拡散されていたのですが、ところが私は、なんか直感としては、それほど怖がらなくてもいい気がしていたw。それより何より自分はひたすらアレルギーの方が問題ですから。日々の暮らしを成り立たせるにはそれこそが重要なんで。だから、マスクをしていても「ひたすらにアレルギー対策、まあ、この時節、コロナも兼用?」くらいな感覚だったんです。

なのに、「やーい、マスクしてらあ! そんなに怖いか!」とでも言わんばかりのこれみよがしの態度を見知らぬ人にぶつけられて閉口してました。なんでそんな目に遭わなければならんのだろうかと・・。それでも、数週間もしたら、会う人会う人、コロナdeマスクになっちゃっていたけどw。

それでね、まゆみさん、沖縄の人でコロナ前にマスクをしている人が「居ない」というのは全く違いますよ?

「まゆみさんの周囲では」もしくは、まゆみさんがよく行かれる場所やその辺りで出会う人々ということでしょうし、それは統計学的には偏った母集団であり、結果的に恣意的なサンプリングになってしまっているということではないでしょうか。

「自分の周りにはコロナになった人はいない」なんて言葉も、あちこちで言われる紋切り型ですけれど、そういうのって科学的ではありませんよねw。

身近な観察は、確かにフィールドワークの一種として意味がありますが、それは質的に考察するものであり、決して量的に、ましてや全体を推計するのには使えません。
自分の周りにコロナになった人は居ないのに、流行ってるというのは本当だろうか、そう考えたとしても、そこから導かれる「コロナは流行っていないのではないか」等は仮説でしかありません。「みんなが」なんて、そんな風に全体がそうだと結論づけることなど論外です。

というのも。私の知ってるウチナーの人で、状況に応じて以前からマスクを使ってる人は居ます。
そして私はまゆみさんとは逆に、那覇の街角で、マスクをしている人を「コロナ前から」よ〜く見掛けます。

驚きました?

量子力学が言うように、観測者の思惑が事象に反映され、相互作用を起こしているんだとすれば、まゆみさんはまゆみさんの見たい現実を見ていて、私は私でそうなのだろうと言うことかもしれませんw。

一旦切ります。

| みつばちのささやき | 2020/08/11 06:11 | URL | ≫ EDIT

沖縄の人はコロナ前はみんなマスクをしていなかったのか? 2

承前 記憶としてはっきりしているのは、2011年からマスクをしている人をチラホラ見かけるようになったということです。東日本大震災で避難移住者が増えたからだろうと思います。
また、ここ数年は国際通りや那覇メインプレインスで、年齢、男女を問わず、また店員、客を問わず、マスクをしている人を結構見かけます。PMやSPMの値が上がってる時とか多い気がしますし、あとはインフルが流行ってる時もそんな感じがする。あくまで私がそういう場面を見たことからの憶測で、仮説というほどのもんでもありませんが。

国際通りの場合は観光客かなとも思いますが、でも、通りから少し入った住宅が多い地域でも、すれ違うことはあります。ホテルや宿もありますから他所から来られた方なのかもしれませんが、それでも「コロナ前」に普通に那覇でマスクをしている人々は「増えている」と感じていました。メインプレイスのサンエーのスーパー内でのマスクのコーナーが、ここ2年くらいで前より拡充されていたようにも思います。

マスクをするという行動パターンを持っているこの私の行動半径の一部における観察なので、これも母集団特性、サンプル特性に偏りはあるでしょうけれどw。

事例。昨年の夏頃だったかな、カフェで飲み物を飲んだ後にずっとマスクをして勉強をしている若い男性と隣になったことがあります。使っていた参考書から推測するに高校生でしょう。

私はかなり多くの面で規格外の人間でして、自分が人と違うことは当たり前で、人目を気にしないわけではないけれど結局は吹っ飛ばすタチなのですがw、それでもマスクをする人が少ない沖縄で、自分のマスクが悪目立ちしないようにと、お店に入る時とかはかなり気を使うんで、そんな風にカフェで席についてからもマスクをしている人を見てホッとした覚えがあります。

そう、去年くらいまでは、この私でもマスクを不審そうな目で見られたり、あるいは知っている人から逐一心配されたりするのはなんか辛いなと思ってました。(マスクしたいからしてんだよ悪い?って笑)

そういえば、マスクをした顔で近所の人とばったり会ってしまって、耳打ちするように顔を近づけて来られたんで何を言われるかと思ったら、「アレルギー? 辛いよね。わかるよ〜、私も喘息持ちだから。」って、ポソッと。それ以来、マスクをして家の近くの道でも堂々と歩けるようになり、少しずつテリトリーを広げていったことを思い出します。


***


ところで、ずっとマスクをしていると口腔内に問題が生じると歯科医が警告しているという記事、URLを辿って私も読んでみましたが、これ、コロナが流行してからのことだって書いてありますよね。以前から職務上ずっとマスクをしているような人々のことではないわけです。だから「マスク一般」をずっとつけていたらダメっていうのとは、ちょっと違うように思います。マスク一般ではなくて、「コロナマスク(って呼んでおきます)」ってことでしょう。

ということは、マスクの普通の使い方ではないはず。

何しろ世界中でマスクが不足していたので、同じ一つのマスクを、一日中あるいは何日もつけているような人も多かった筈です。不織布のマスクを8時間も使ったら、そりゃあ雑菌の塊になりますよ。随分前ですが、どのメーカーだったか、長くても8時間以内に交換しろって但し書きがあるものも見たことがあります。寝ている間の喉の保湿のためなら6〜7時間使うこともあるかもしれませんが、保湿用の濡れマスクは抗菌仕様のはず。
「職務でずっとマスクをしている人」でも、コロナ前なら、例えば医療現場で午前と午後で交換するなら3〜4時間で使い捨てです。

要するに「コロナマスク」な人々は、私がコメントで書いたように、マスクの正しい使い方や、マスクをしている時に何を気をつければいいかとかもよくわかっていない「マスク初心者」ばっかりではないでしょうか。

「そういうコロナマスクな人達」に口腔トラブルが生じたというのなら、なるほどそうだろう、「そんな風に使えば当たり前だわ」としか、マスク・ヘビーユーザーの私であっても、いえ、だからこそ、そのようにしか言いようがないです。

しかし、それを「マスク一般の危険性」にまで一気に敷衍してしまうのは、少しも科学的ではありません。
ミスリードにしかなりません。きわめて政治的、かつ集団ヒステリーへの煽動にもなりかねません。

今後、ブログで記事になさるために様々な情報を吟味される時、このような統計学や科学的方法については押さえた方がいいと思いますよ? 特にジャーナリスティックな記事だと、
調査法やデータといった具体的な研究内容をすっ飛ばして、結論だけ引っ張ってきますからね。

まあ、今やマスクを付けている人は、大半がコロナマスクですから、それを母集団とするしかなくなるんで、コロナマスクとマスク一般を混同した似非科学が氾濫するでしょうね。
いくらコロナマスクで害が出たとして、マスク一般を排除するのではなく、コロナマスクの在り方、使い方をより一層研究し、イノベーションするなり使い方の指導をするなりするべきであり、単にマスクを外せばいいというのは、狂気の雄叫びにしか聞こえないんですけどw。

叩くべきはマスクじゃないよねって、すでに書きましたので、もう書きませんが。

だって、上に書いたように、コロナ初期から私は沖縄県民の一部から嫌がらせをされてましたから。彼らは別にフェイク・パンデミックだなんて知らずに、ただ単に自分がマスクをしたくないだけで、自分のストレスを、コロナではなくてアレルギーでマスクをしている私にぶつけて攻撃していたんですから。

マスクは、単にスケープゴートでしょ?w

それ、あまりわかっていらっしゃらないと思うんです。

なら尚更、そういうブレた祝詞の響きの中に私を入れないでください。
ていうか、私のような存在は、あなたの見る世界の暗黙の定義中には入ってないんじゃないですか?w ま、別に入れて頂かなくてもいいっすけどね、それはそれで祝詞の範囲外に自動的に出されますから(コレコレ何言ってんだw

お付き合い頂きありがとうございました。

| みつばちのささやき | 2020/08/11 06:16 | URL | ≫ EDIT

Re: 祝詞についてのご説明へのお礼と、そこから見えて来たこと補足1

申し訳ないですが、最初のコメントはしっかり読みましたが、2回目のコメントはしっかり読んでいません。今回のコメントも量が多くしっかり読めませんので事実関係だけ返信させていただきます。メールの返事すらきちんとかけていないくらい忙しくてコメントまで手が回りません。短いコメントはしっかり目を通しています。

コメントから受ける印象で那覇在住の内地の方だと推測していました。

これも以前書きましたが、沖縄との契約があるので沖縄の方から依頼があれば受けます。例外として、一度四国の方から水不足で雨を振らせてくださいとの依頼があり、受けました。

妖精に関しては言葉の共時性で書きました。

| まゆみ | 2020/08/11 13:06 | URL |

Re: 沖縄の人はコロナ前はみんなマスクをしていなかったのか? 2

311の時は内地に戻っていたのでわかりません。

私は人をよく観察しますが、コロナ以前にマスクをしている人を見かけたことはありませんが、見過ごした可能性は否定できません。

祝詞奏上に関しては内容を変えたので問題は解決しました。

以上です。

| まゆみ | 2020/08/11 13:11 | URL |

祝詞の問題は解決とのこと、良かったです。

タイトル通りです。よって、その話題は終了です。

次、今回、頂いた返信に関連することをいくつか。

(1)お忙しいところを連投で失礼致しました。

私自身、長文を書きたいわけでは全くありません。初期のコメントから一貫しており、文中にもそうした意識は表れていると思います。

「コメントした側の責任」を感じるため、「言葉は難しい」とまゆみさんがおっしゃったような対話の混乱を少しでも解消できればと、説明責任の範囲で書かせて頂きました。自分のコメントの「解題」みたいなことをしていたわけです。

公開コメントでもあるので、他の方が酔狂にも私のコメントまで目を通されることがあるならば尚更、という配慮もありました。

何日もかけて、徹夜もしながら責任を果たしたつもりです。(できてるかどうかは別として。)こちらもそれなりに、いえ、コメントが無謀なくらいに多忙です。かと言って、ちゃんと読めという押し付けはしませんが。

一方、その都度、自分自身の書いたことを読み直し、新たに言語化出来たこともありましたので、すでに書いてますが、機会を得られたことに感謝します。

| みつばちのささやき | 2020/08/12 09:08 | URL | ≫ EDIT

マスク着用義務が人口削減目的??

(2)新しい記事でマスク着用義務が人口削減目的であるとありましたが、それ、事実関係が逆だと思いますよ? 罠に引っかかっていらっしゃると思います。

もしそうならば、これまで職務上マスク着用が義務付けられている人々は一体どうなるんでしょうか。

本当のことは、なかなか表には出てきません。
フェイク・パンデミックに関しても、まだまだ真相は隠されているように思います。

はっきりさせておきますが、私は人口削減派ではありません。

でも、もし、そのように懸念されて、私のコメントに対応したくないと言うことなのであれば、とてもとても残念です。

惑チンは、人口削減「のみならず」人類の遺伝子組み換えが目的でしょう。
(カウフマン氏他、実際の遺伝子組み換えの研究者はそう指摘しています。)
仮に拒否せず接種して無事に生き残ったとして、犬のように鑑札がつけられるwことの他、その先も危ぶまれるのです。
最初のコメントを、あのように冗談めかして書いたことにも繋がります。

| みつばちのささやき | 2020/08/12 09:15 | URL | ≫ EDIT

存在を無視されるマイノリティの気持ちはわかりますか?

繰り返しますがウチナーの知人も以前からマスクをしています。そういう人々が存在していることに、今後、留意して頂ければと。

>コメントから受ける印象で那覇在住の内地の方だと推測していました。

そうですか。
何となく、私の口からそれを言わせられた気がしていたのですw 誘導というか。

繋がりますが、私が県民だと推測なさっていながら、その割には、私が沖縄の人がマスクが嫌いであることを知らないという前提で、それを噛み砕くように説明なさったのはなぜですかね。

ブログの記事で書かれているあなたの行動やマスク着用者への一方的な糾弾、さらに私との対話においてまゆみさんがお示しになっている態度が、こちらには大変に不快だったということを、それも個人的な不快ではなく、「マイノリティ排除ではないか」と何度も書いているのに、ご対応頂けなくて、未消化な部分が残りますね。

「しっかりと」読めてはいなくても、目をお通しになっているからこその事実関係のご返信でしょう。読んでなかったとは言わせません。

ネット上の人間関係として考えた場合でも、とても大事だと思われるこうしたことに全く返信なさらないことに疑問を感じております。

ただ、今回頂いたコメントは実質、撤収宣言とみなせますので、これ以上のレスは期待しません。まゆみさんがそういうブレたwお方だという事実が残っただけです。

それでも、否定的なことばかりを言いたくはないのです。

それは最初のコメントからそうです。

葛藤についても、誠心誠意、レスさせて頂いたつもり・・これも「つもり」ですがw。
余計なお世話だったかもしれません。

妖精は共時性でしたか。
楽しい話題を深読みで返してしまって失礼しました。
考え過ぎと思いながらも、そこまで「ありとあらゆる可能性」を考えながら作文せざるを得ませんでした。
少しでも相互理解に至れるように、と。

では、私の方は、本当にここまでで終わりとします。忙しいので。

| みつばちのささやき | 2020/08/12 09:27 | URL | ≫ EDIT

Re: 存在を無視されるマイノリティの気持ちはわかりますか?

マイノリティの言葉の使い方を間違っていませんか?

| まゆみ | 2020/08/12 15:04 | URL |

Re: 存在を無視されるマイノリティの気持ちはわかりますか?

マイノリティの言葉の使い方を間違っていると思いますが。

| まゆみ | 2020/08/12 15:07 | URL |

Re: 存在を無視されるマイノリティの気持ちはわかりますか?

みつばちさんは被害者モードになっているように思えます。

以前からこのブログを読まれているなら、こういった一連のコメント内容にはならなかったと思います。

一人の方のために何度も同じことを書くのはしんどいですが、私は冬場は防寒用にマスクをしていました。しかしある時期から大判の布を頭からすっぽりかぶる形式に変えてからマスクはしていません。口まで覆えるイスラムのヒジャブのような感じです。

今回、マスクを批判しているのはコロナです。医師や看護師のマスクは批判していません。アレルギーや病気などでマスクが必要な方も批判していません。マスク教と書いているように権力者に従順する象徴だからです。ブログを読んで理解できませんか?

みつばちさんのコメントは嫌味がありすぎです。私にはスズメバチのように思えます。

例えばこれです。

>まゆみさんがそういうブレたwお方だという事実が残っただけです。

わざわざこんな言葉をおく必要があるでしょうか。ほんと嫌味な書き方です。

なぜわたしのブログをご覧になっているのですか?情報を得るためですか?批判するためですか?情報を得るために読んでいるならそれに徹してください。ブログを書くのにどれくらいの労力を費やしているか、想像もできないでしょう。

最後にはっきり書かせてください。あなたにブログを読んで欲しくないです。

| まゆみ | 2020/08/12 16:17 | URL |

嫌がらせの工作活動

ではないでしょうか?
読むのが嫌になる長文を何度も投稿する粘着力は、金貰ってるのからだと思いますよ。
私は、まゆみさんの記事で色々と教えてもらって助かってますし、感謝してます。
難癖つける奴は無視してください。

| 奇兵隊 | 2020/08/12 17:50 | URL | ≫ EDIT

キッチリ言いますが、お金を貰ってる工作員ではありません!

奇兵隊様に「のみ」当てて書きます。

もう出てこないつもりでしたが、まゆみさん以外の方からのこのような誤解コメントがあったので、はっきりさせておきます。
レスを頂いても、返信はいたしません。
もう書かないと言った自分の宣言したことを貫きたいからです。

(1)まゆみさんが、「先に」長文をお書きになった(祝詞についての説明)のです。

「そこまでして頂いた」ことに恐縮し、それに対する返信をする必要を感じました。
私は、その返信をするまで2〜3日、間をあけてます。日付をご覧ください。
多忙や作文に時間がかかったこともありますが、「書いていいものやら」逡巡し続けた挙句、やっと決心しての投稿だったからですよ?

まゆみさんとの間に、どうしてもすれ違いが生じるので、丁寧に、丁寧に、極めて丁寧に説明せざるを得ず、結果的に長文になりました。

奇兵隊様は、この一連の対話を全てお読みになったのですか?

読まれたのなら、私がとても気遣って、頭を悩ませながら書き続けたことに、お気づきにならなかったのですか?


(2)まゆみさんご自身が、街中でマスクをしている人のことを頭ごなしに「コロナでマスクをしているんだだろう」と決めつけた「前提」(デパートに行ったら自分以外みんなマスクをしていた等もそう)の上で、ブログでマスクを悪く書き続けていらっしゃる。

そして、「マスク装着義務は人口削減のためだ」とまで断定されていらっしゃるのに、「じゃあ、職務で以前からマスクをつけていた人はどうなるんですか?」と書けば、「そういう人のことについては書いてない、私のブログを読んでるんなら、そう言う文章にはならないはずだ、言いがかりだ」って言い張る。

そうでしょうよ、そう言う人については、彼女は特段言及されていない。
それは、「そういう人がいることを等閑視」していらっしゃるからであり、だから「マスクは(全て)悪い」っていう論法になってしまっており、全体論に持って行ってらっしゃるんですね。

彼女の「沖縄の人はマスクが嫌いだ(嫌いというワーディングもすごい)」「沖縄でコロナ前にマスクをしていた人はいない(と事実に反する断定)」というのも、恣意的に「全体」を推論する彼女の論法です。
少数、マイノリティーを無視なさって、「みんな」にしてしまっている論法だと私は批判しましたが、それを読まれてご立腹なさったようで。

挙句の果てに、私がマイノリティーという概念をわかってないと言い出された。
本当に本当に、呆れてものも言えなくなりました。

一番最初に、彼女は私のハンドルを「みつばちさん」にしてしまい、私はそれが嫌だと返信でわかりやすく書いています。「みつばちのささやき」がハンドルネームであり、みつばちではないと。
それをあろうことか、最後に「スズメバチ」にされてしまいましたw

そんな風に毒を含んでいるのは、まゆみさんの方だと思う。

「暗黒面に落ちてない?」って、「そんなんで祝詞できるの?」って、老婆心ながら彼女を気遣って、気遣い過ぎるからこそ長い文章になったんですけれど。

いえ、彼女の性格の「癖」に、これ以上、付き合う気は無いです。

これでもあなたは私を工作員だと言うんですか。

ここでのやり取り、それを全てご覧になった上で、奇兵隊さん、あなたが私を工作員だと仰るのなら、あなたこそがまゆみさん専属の工作部隊の隊長ってところでしょうかね。

誓って申し上げますが、私はどこかからお金を貰って書いているなど、そんなこと全くありません!!
はっきり言います。あり得ない言いがかりです!!


まゆみさんのブログは、もう読まないですし、彼女から返信があっても、返す気はとっくにとっくに失せておりますので、どうぞ親衛隊長様、ご安心を(wink!)

| みつばちのささやき | 2020/08/14 06:00 | URL | ≫ EDIT

おっと、誤字でした。あとほんの若干の追記

誤字「奇兵隊様に当てた」→ 正しくは「宛てた」です。

間違いに気付いて、あとで直そうと思って忘れたまま、認証用キーワードの数字の入力を慎重にこなしてホッとして、フォームの投稿ボタンをうっかり押してしまいまして^^;

「もう書かないって書いたのに、誤字訂正なんて野暮だよなあ・・」と、少しまた悩んだんですが、「当てた」なんて、失礼な言葉っぽく読めてしまうので、やっぱ訂正しときます。

私も、ちょっと頭に血がのぼっていたかもしれません。
まさか自分が「お金を貰ってる工作員」だなんて、言われるなんて思ってもいなくって。
まあ、長文には反省の余地はあるってわかってはいるんですよ、わかってるからこそ・・、・・・・・・。

今回、私が被害者ヅラしてるかのようにまゆみさんからは言われちゃったけど、

私、自分のコメントの中で随分と彼女に「ヒント」「貴重な情報」を、それとなくいっぱい、プレゼントもしてるんですけどね。

「批判する以上は根拠を明確にする」という以上に、「言い出した以上は、背景となる情報や知識も提示する」ってことを肝に命じてまして。妙な責任感かもしれませんが、それで長文になったところもあるのです。

主となる話題から逸れない程度に、抑制に抑制を重ねながらも、これだけは伝えておきたいなあ、機会を頂いたと思って、「もし、気にかけてくれるんだったら、この情報はとても貴重だからね」って、ギリギリのところまで書いてる箇所までありますよ? まゆみさんとは仕事も専門も違うから、異業種からの情報提供ってことで。

公開コメントにしてある以上、万一、他の人が読むことも考えて、「ちゃんと読んでくれたら、その人にとっても、大いなるヒントに」なることを詰めてます。

つまり、所々挑発的な文言を入れてますが(それは私の癖)愛のあるコメントのつもりでした。(あくまで、つもりですが、ってまたコレばっかしな自分^^;)

いつかは、まゆみさんにも、届くといいな。


それでは、バイなら〜!!

| みつばちのささやき | 2020/08/14 06:48 | URL | ≫ EDIT

親衛隊て何だよ?アンタが失礼すぎるから言われるんだよ

>まゆみさんのブログは、もう読まないですし、彼女から返信があっても、返す気はとっくにとっくに失せておりますので、どうぞ親衛隊長様、ご安心を(wink!)

それなら黙って消えるべきだろ。

| 奇兵隊 | 2020/08/14 16:44 | URL | ≫ EDIT

コメントは読まなくても文章から放出されているエネルギーで内容がわかるから読まないのです。

貴重な時間をエネルギーを吸い取られるだけです。下品です。下品さがにじみ出ています。長年ブログをやっているので経験上わかりますが、こういうタイプの人は他者からエネルギーを吸い取って生きています。読まないと言っても必ず読みます。

こういう人が沖縄を汚しているんです。

| まゆみ | 2020/08/14 21:06 | URL |

マイノリティーについての文献引用

マスクをめぐるやり取りの一件との構造的同型性があると思われる文献があったので、ご紹介します。ご存知のものだったら失礼。

木谷麦子 「わたしはだれ?」同性愛と性教育
『イマーゴ(imago)』1991年2月号(青土社)所収

短い引用ですが、本編は次のコメント欄にしておきます。

その前に、ハイ、あたくし、波動が低いと言われてしまったので、ミソがついた「みつばちのささやき」は辞め、「ねここな」になりました。蚤取り粉で身を清めて波動を高める・・というのは冗談でw、ふりかけると猫になってしまうお粉のことよん(^^)

さて、お二方からの返信があったかどうか確認するために、久々にトップページから入ったところ、8/15の『急転直下!新型コロナワクチンを国民全員に接種、2021年前半開始!』に「目的は人類を遺伝子組み換えし奴隷にすること」と書いてありましたね。

ソースはありませんでしたね。いくつか読んでいなかったページをスクロールしてみたけれど見付けられませんでした。

もし、私のコメントからの引用なら、そのように書いておいてくださいね。


>異常にマスクにこだわっていたあの粘着コメント入れていた女性、
>あまりのこだわりにあっち側から送られた人かと考えたこともありますよ。

確かに私は女性としての表現系を使っていますが、人を文章で性別認定してしまうのは、今の時代、ヤバくないですか?

さて、次のコメント欄での引用で、本当に本当の最後にします。

というのも、やり取りが続けばブログ右側のコメント・リストも続くでしょ?

そうすると、まゆみさんのブログが「良からぬ者たち」に目を付けられて妨害されたりしかねないと思って、私はそれを恐れていたの。これでも自粛してたワケ。
だから、コメントの内容が表沙汰にならぬよう、タイトルも「2です」「3です」と省略していた時期もあった。

もう私自身、書き続ける気力がないので、そのような配慮も必要ないし。今回の文献の提示で本当に本当のおしまいです。

今まで何年も読ませて頂き、大変お世話になりました。ありがとう!

| ねここな | 2020/08/16 19:31 | URL | ≫ EDIT

マイノリティーについての文献引用(本編)

木谷麦子 「わたしはだれ?」同性愛と性教育
『イマーゴ(imago)』1991年2月号(青土社)所収
p.223-224より引用。

〔生徒の中にも同性愛者はいる〕

 ある教師は、このことをはじめて認識したとき、ほんとうに驚いた。彼は、自分の教えている中学生に、「異性を好きになるのはあたりまえのことなんだよ」と語っていたのだ。十代の愛と性を許容しない風潮はいまだに根強いから、その中では彼は柔軟なおとなと言えた。しかし、彼は一つのことを「あたりまえ」と認めることによって他のものを排除することになった自分の発言に驚いたのだ。それは彼が同性愛者の存在自体を認識していなかったためにおこったことだったからだ。それ以降彼は「人を好きになること」「好きな人」というように、性別を限定せずに語るようにしているそうだ。
 だが、この認識が、どの教師にも彼の場合のようにはたらくわけではない。「わからない」という言葉のもとに、対応不可能な対象として排除される場合もある(この「わからない」という言葉については一考の必要があるのだが、今はおいておこう。)

—————引用ここまで。

木谷さんは講演で、グラドルの水着写真の記事の回し読みで「お前はどのコがいい?」と言って来られたりするのが、カミングアウトしていないゲイの男子には辛かったという実話も出されています。

思うに、女性に関心がないゲイだから、友だちの親しみを込めたまとわりつきもうざったく感じたというより、日頃ゲイについて理解のありそうなクラスメイトも含め、ゲイがいるのは遠い「新宿二丁目」などの世界で、このクラスにもいることや、自分の友人がゲイかもしれない可能性を考えさえしないことが哀しくて、憤りを感じてもぶつけようがなくて消沈したということじゃないかな。

あからさまな差別より、ゲイが存在しないのが日常世界だという隠蔽の方がより堪える。そして、本源的な差別はこのようにして蔓延るのだと思う。

お友だちも決して悪気があるわけではないのは、引用した中学教師の場合と同じだと思います。悪気が無いからこそ気付きにくく、また、反体制の矜持のある人なら自分が差別する側に立っていたとは思うだにしないでしょう。

何が言いたいかと言うと、

マスクを「しない」決意の少数派より、マスクをしているけれどコロナとは別の理由があるという、目に見えにくい少数派の人達の存在にも目を向けてもいいのではないでしょうか。

まゆみさんは、「波動が低いので」読まなかったとお書きになってますが、あなたのブログ記事から間接的にではあってもこの男子のような目に遭って、悲しい怒りでいっぱいになりながら、気づいて欲しくて切羽詰まっている波動を「低い」と言って切り捨てるのは、何かの事件をきっかけにした被抑圧者の暴動を「暴力的だ」と切り捨てるのと、少し似ているようにも感じます。

祝詞は「祓う」のでは駄目である、相手を乗せてしまうことだと書いていらっしゃった。合気道のように。でも今回は、長文を「祓って」おしまいになったのね。

そのような言行不一致に、戸惑う読者もいるということ。(なんだよ、振り出しに戻っちゃったじゃない。)

ハイ、私は祓われて何処かへ消えることとしましょう。
次の返信を確認しに来るのもやめときます。痛かったらやだもんねw。それに、これ以上、混乱しているあなたを見たくはありません。

あ、奇兵隊さん、お疲れ様でございました。

ステレオタイプな思考の枠組みから出て、ご自分の目で事象を確認し、ご自分の頭でお考えになることを推奨します。その結果、あなた様さえもが、私の波動が低いという根拠をご提示されるのであれば、喜んで禊なり修行なりいたしますわ♪


バイバイキーン!
(コロナは黴菌じゃないけどね、ナンチテ〜)

| ねここな | 2020/08/16 19:34 | URL | ≫ EDIT

以前にも絡んできたことあるだろ

何故もう見ませんと言いながらHNを変えてコメントしてるんだよ。
前にも親衛隊とか言われたことがあるが、アンタだろ。
都合の悪いこと書かれるから難癖つけに来てるんだろw
何処のカルトだよ、程度の低い馬鹿を雇って嫌がらせしか出来ないんじゃ面目丸潰れだろ。
もう来ないとか言いつつまた来るだろうな、節操ないからな。

| 奇兵隊 | 2020/08/16 22:27 | URL | ≫ EDIT















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