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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
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「自ら然り」


まゆみ写真IMG_6745

「自然」は新しい言葉なんですね。
「自然という概念すらなかった」は、そんな感じがします。

火中の栗@kakachunokuri

「自然」は明治時代に作られた新しい言葉
http://rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=348006&g=132207

これ以前には「自然」という概念すらなかった。



自然とは「自ら然り」と書く。

I Am(わたしは有る)
”わたし”という言葉は”神”(God)とほぼ同じことを意味している
に通じるものを感じる。



ちょっと調べてみよう。

語源を訪ねる:古代ギリシャ(1) nature
https://www.seijitsu-ken.co.jp/blog20200116/

自然を表す英語「nature」はラテン語の「ナートゥーラ(natura)」を語源としており、さらにこの語はギリシャ語の「ピュシス(physis)」の語訳である。今日の「物理学(physics)」はそこから派生した語句である。「ピュシス」は自然界の森羅万象を包括的に表す言葉であるが、もともと「生み出す」を意味する「ピュオマイ」をいう動詞に由来しており、そこから「生み出されたありのままの姿」、あるいは「生長」や「生成」を意味する語として用いられ、やがて生長や生成の結果として事物がもつ「本性」や「性質」を意味するようになった。


インド仏教から見た自然観の可能性
file:///Users/furuichimayumi/Downloads/eco-philosophy1_037-042.pdf

「ピュシス(自然)の第一の意味は「成長」である。ただし、このピュシスという語は現代のいかなる言葉にも的確な訳語がない。したがって、ピュシスが静的に解釈された場合には時間と空間におけるすべての現象の総体、動的な意味の場合には、湧き起こるエネルギーを含意するという。」

「3.インドの自然という概念自然という漢語の概念を言葉として考察する時、対応するサンスクリット語は、スヴァバーヴァ(s v a b h A v a)、もしくはプラクリティ(p rak R t i)があげられよう。s v a b h A v aは「自ら」という意味の接頭辞スヴァ(sv a-)に、「生ずる」という意味の動詞語根ブゥー(√b h U)を加えた動詞に由来する男性名詞であり、プラクリティ(p ra k Rt i)は「根本の、前の」という意味の接頭辞プラ(pra-)に「造る、為す」という意味の動詞語根クリ(√k R)から造られた女性名詞で、p ra k Rt y A(本質的に、本来的に)として、しばしば副詞としても用いられる。この意味ではギリシヤ語のピュシス(physis)やラテン語のナートゥーラ(n atu ra)が「生ずる」という動詞を語源とするのと対応する。確かに、スヴァバーヴァは、「ものの本体、自性という意味で、他に依存することなく、自ら生ずるもの・性質」であるから、自然という漢語に対応する。また、プラクリティにしても、本性、自性という意味であり、根本物質と訳され、サーンキヤ学派などでは、それから万物が展開するという思想(二十五原理p a J ca v iM C a t i-t at t v A n i)が生まれた。しかし、これらには人間を除外する環境という意味はない。インド思想では、「もともとある」という意味での自然と、環境世界という意味の自然を、明確に区別することがなかったからである。」



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