PREV | PAGE-SELECT | NEXT




あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


≫ EDIT

サンカとエミシ


サンカについては何度も記事にしましたが
私は大和朝廷の手から逃れたエミシと考えています。

再掲:
「籠といえば山の民。
山の民といえば、サンカ。
サンカといえば、虐げられたエミシ。」

山窩の字が正しければ、字の如く、
山の洞穴のような場所に隠れるように住んでいたのでしょう。

きびと月の畑@kibi_tsuki

かつて日本の山には「山窩(サンカ)」と呼ばれた民族がいた。サンカは、川漁と竹細工で生計を立て、財産も戸籍も持たずに流浪の旅をつづけ、自然のなかで生活を営んできたと考えられている。昭和30年頃まで目撃例があったそうです。※写真:サンカの社會 三角寛 朝日新聞社 昭和40年発行

aaFiK90YFUAAAymCU.jpg

サンカについて興味を持ちツイートしましたが、三角寛さん著作は一部フィクションの要素もあるようです。あと「民族」という表現も誤解を招きやすい内容でした。適切には「人々」だと思います。失礼しました!


明治維新はエミシ(サンカ)のクーデターと考えています。

2014.02.27 小説と思って読んでください。
http://cocorofeel.blog119.fc2.com/blog-entry-11787.html

2015.11.07 明治維新はエミシ(サンカ)のクーデター?
http://cocorofeel.blog119.fc2.com/blog-entry-14943.html

関連記事

| ぶっ飛び考察 | 19:52 | comments:1 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

箕(み)

近隣の集落に太平箕(オイダラミ)というイタヤカエデ等を編む工芸品(農器具)が伝わっていますが、決して他の地区で作ってはならないという掟だそうです。集落内には神社があり住人全てが氏子。神様をくれてやるから、と民を土地に縛り付け、技術や利益を搾取しようとしたのかな、と。
こちらの記事を読んで、この地区の祖先はサンカだったのかも、と思いました。
その太平箕も今や後継者がおらず、絶える寸前とか。

サンカが居たかもしれない太平山は、初冠雪も近そうです。

| umiten@3sanko | 2022/11/24 19:24 | URL | ≫ EDIT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT