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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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閉じ込められた神が動きだした? その16 ( 由比ガ浜)


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今度は由比ガ浜です。

昨日21日午後0時55分ごろ、神奈川県鎌倉市由比ガ浜の由比ガ浜海岸で
4人がおぼれ2人が死亡するという事故。(4人は高校の同窓生7人のグループ。)

また二人です。
そして神奈川。
(18日、神奈川県茅ケ崎市柳島の高校生の水死事故もあります。)

瑠奈さんによると由比ガ浜も頼朝義経所縁の土地で、
しかも頼朝が、静御前の産んだ義経のを沈めたという言い伝えがあるそうです。
もうビックリです。

この奇妙な連鎖は何だろう?


早速検索しました。
まず緯度経度
由比ガ浜海岸では出ないので
神奈川県鎌倉市由比ガ浜で
緯度 35度18分55.35秒(35.315376)
経度 139度32分46.67秒(139.546298)

35度ライン。

鎌倉市内の神社は50社。
少ない。やっぱり仏教かな。
少ないながらも検証してみよう。

茨城県久慈郡大子町と同じ「十二所神社」がある。
大子町の五霊神社と同じ五の「五所神社」が 2、「五社稲荷神社」が1。
これまた同じように熊野神社、諏訪神社もある。

大子町と鎌倉はつながっている。

更に
八がつく「鶴岡八幡宮」が2、「八雲神社」が3、「八坂大神」が1、「八幡神社」が1、合計7

大子町にはなかった三の「三嶋神社」
怨霊を鎮めるための「御霊神社」が3
戦いを想起するような「白旗神社」
義経と静御前の子供の供養なのか、「子守神社」がある。

由比ガ浜近辺の神社は
御霊神社、佐助稲荷神社、宇賀福神社(銭洗弁天)
鶴岡八幡宮、荏柄天神社、鎌倉宮など。

やっぱりここにも「御霊神社」がある。


変わった名前の神社二つ
http://pds.exblog.jp/pds/1/200908/22/62/b0086362_16182021.jpg',200,132,'1');" OnMouseOver="this.style.cursor='hand'"/>
天照大神を祀った鎌倉最古の神社「甘縄神明神社(あまなわしんめいじんじゃ)」
いかにも古い神社な雰囲気。

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菅原道真を祀った荏柄天神社(えがらてんじんしゃ)
源頼朝は荏柄天神を鬼門の守護神と仰ぎ、盛時には
日本三大天神の一つとして大宰府や北野天満宮に匹敵する天神社だったそう。

荏柄天なんて、インド、中国、仏教っぽいね。


更に驚くのが
昨日の記事の茨城県久慈郡大子町の神社に「静神社」があるのです。

「静神社」で検索しても茨城県那珂市の「静神社」しか出てこない。
この「静神社」にも昔は寺院があったとかで元はお寺?神仏習合?
昨日の記事にも源氏がしっかり登場しているでしょ。
だから「静神社」の本来は「静御前」の霊を鎮める神社・寺院じゃないかなと思っちゃいます。
私の考えでは怨霊を鎮めるのは神社よりお寺かなと。

あっ、両方あれば一番かな?
あ、そうか、だから神仏習合?
怨霊を鎮めるために、神仏習合の神社、寺を作ったの?
怨霊を鎮めるために、本来の目的をわからなくするために、
祭神は後からつけるんじゃない?


「由比ガ浜」には数々の凄惨な歴史があるようです。
1180(治承4)年8月 源頼朝、三浦義明、と畠山重忠の戦い

さらに凄惨な舞台となるのが鎌倉幕府滅亡の日だそうです。
『稲村ガ崎から進入した新田義貞の軍勢は浜辺の家々に火をつけ、惨殺された兵士、
婦女子は放置され、廃墟となった鎌倉から由比ガ浜にかけて屍が捨てられたままに
なっていたといわれている』そうです。

しかし良い面もあって
『鎌倉時代、伊豆、箱根の二所権現へ参拝する将軍は由比ガ浜の海へ入って沐浴し、
禊(みそぎ)をしたり、牛追物(うしおうもの)、犬追物(いぬおうもの)、小笠懸(こがさがけ)の儀、
鶴岡放生会(ほうじょうえ)、流鏑馬(やぶさめ)等の儀式、祭礼、練武の場としても
由比ガ浜は利用をされていた』そうです。


近くにある「和田塚」って何だろう?
鎌倉に残る唯一の高塚式古墳があるそう。
明冶25年、新道開設のために塚の一部を掘ったところ
おびただしい人骨が出てきて、おそらく和田合戦の時のものだろうと
言うことで「和田一族戦没地」の碑が立てられたとある。
北条義時が専制政治を行う為に三浦、和田氏の抹殺が必要だったともある。
源、北条と和田(三浦一族)の闘い。

また怨霊だ。

源実朝と北条義時は戦火をくぐって法華堂(現在の白幡神社)へ逃れたとあって、
ここでもお寺から神社に変わっている。
最近の記事ではこれが目に付くね。

「鎌倉の海」というサイトでは
『由比ヶ浜海岸は、源頼朝が石橋山で挙兵した際、三浦軍と畠山重忠軍が戦い、三浦義明が
自刃に追い込まれたきっかけとなった地であり、静御前の産んだ義経の子が捨てられた地であり、
畠山重保が北条時政の策謀によって討たれた地であり、和田義盛が討たれ首実検が行われた
地でもある。また、流鏑馬・小笠縣(こがさがけ)・犬追物(いぬおうもの)などの武芸の修練場でも
あった。源頼朝が放生会を行い、源実朝が渡宋を願い陳和卿に船を造らせたのも由比ヶ浜での
出来事だった。』とある。

鎌倉時代には、鶴岡八幡宮の前の浜という意味から、「前浜」と呼ばれていたそうです。
現在の「由比」の名は、共同作業を意味する「ユイ」が語源だとか。

これって、沖縄の「ゆいまーる」じゃない?
意味もまったく同じだもの。

関東から戻ってきて沖縄で地震が起きだしたときに
沖縄と神奈川がつながっているんじゃないかと書いたけれど、
意外なところでつながりが見つかった。

いつから「由比」になったの?
何で神奈川?
沖縄と源氏って関係ある?

あっ

由比ヶ浜と沖縄に共通するのは戦いの場、戦火、怨霊。

沖縄の水死事故は何だろう?
沖縄の歴史がわからないから調べることができないけれど。。。

あっ

私が関東に行くことによってそして祝詞で
神奈川と沖縄の両方の怨霊が噴出してきたんじゃないかな。
そしてそれを鎮める。
地震も水死事故もつながってるんだ。
偶然かも知れないけれどすべて私が関東へ行ってから起きています。
でもやっぱり、子供は可哀想。

私は静める力も強いけれど、見えないモノを表面に出す力が強いです。
良い面も悪い面も出します。
だから私を、「増幅機」という人もいます。
何でそうなるかというと、「浄化」の力が強いからでしょう。
だから私に近づくと怖いですよ。(笑

だけど必ず、良い方向に向かいます。
こういうところは、妙な自信があります。



http://pds.exblog.jp/pds/1/200908/22/62/b0086362_15313717.jpg',256,172,'1');" OnMouseOver="this.style.cursor='hand'"/>

Ku_uuさんからの情報です。
まるでここでの噂が聞こえたかのような
「男体山山頂で虹の光輪、仏が降臨」のニュース。
山用語でいう「ブロッケン現象」です。

ね、男体山ってやっぱり仏教っぽいでしょ。

時期は前後しますが、この写真で少し救われた感もあります。

姫さんが、36度ラインは、ミロクだといわれていたので、一昨日の記事に追記しておきました。


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COMMENT

琉球王国の始祖は、源為朝だという言い伝えがあります。
今帰仁に流れ着いたそう。
那覇の安里に八幡宮もあるけど、やっぱり全く神社っぽくないです。

| papiru-yasu | 2009/08/22 21:05 | URL | ≫ EDIT

沖縄と神奈川の繋がりの考察、面白いです。
我が家の近所にはなぜか沖縄ショップや沖縄料理の店があります。
沖縄に惹かれている方が多いみたいです。
うちの夫もそう。よく沖縄の食べ物を買ってきたり、作ったりしてくれます。
それと私のパート仲間で67歳のおば様がいらっしゃるのですが、
この方、本土出身ですが15年ほど沖縄暮らしをしていらした方で、
沖縄に大変詳しい方。何でも知ってるんです。

由比ガ浜でwikiを見ると、武彦王妃佐紀子女王という皇族がこちらの別邸で過ごしている時に関東大震災に遭い、薨去された、という
悲しい事件もありました。
鎌倉宮も皇族に纏わる悲しいお話が伝わってます。
今年の夏は夫と息子達とでこの辺りの神社巡りをしていたのです。
(夫は鎌倉出身で大変地理に詳しい)
荏柄天神社も行きました。頼朝のお墓も。
源氏といえば、片瀬にある龍口寺が、
日蓮上人が処刑されそうになる話で有名です。(龍ノ口法難)

明日からは諏訪神社のお祭りです。
今夜はお囃子の練習の音がよく聞こえてきました。

| 瑠奈 | 2009/08/22 21:29 | URL | ≫ EDIT

yasuさん

びっくり!そうなの?源為朝ね。なんか映像的にはロマンがあるね。何とか調べてみようかな。
雛形だと今帰仁って能登半島の七尾あたりかな?

そうか、安里に何かあるって誰かが言ってたような。沖縄のこと何もしらなくて、私は。

| mayufuru | 2009/08/22 22:59 | URL | ≫ EDIT

瑠奈さん、面白くなってきましたよね。
武彦王妃佐紀子女王のお話、これも深い話ですね。
鎌倉宮ですか。
やっぱり、「かんながら」ですね。

ご家族で歩かれていいですね。楽しそうです。
あかとんぼさんの日蓮も登場ですね。

| mayufuru | 2009/08/22 23:04 | URL | ≫ EDIT

初めてコメントさせていただきます。
由比ガ浜の事故に驚きました。
鎌倉時代から鎌倉に居を構えた先祖の子孫(亡き祖父曰くですが)で鎌倉にも子供の頃から慣れ親しんでます。
正直荒れていても由比ヶ浜で事故なんて・・・あまり記憶にないです。 
私にも判りました。何か意味のあることなのだと。
鎌倉は表面上の見かけの良さとは実際全然違います。
鎌倉宮は幽閉された親王がいたこともあり近くにお墓もあります。子供のころからそのお墓を見に行ってさみしい気を感じました。忘れ去られるものの憂いのような・・私はこの土地は浄化できるのだろうかと子供の頃から思っていました。
だからまゆみさんのブログを今回見てほのかにうれしく思いました。

| HAL | 2009/08/23 00:27 | URL | ≫ EDIT

まゆみさん、こんばんは^^
源為朝
ttp://www.dab.hi-ho.ne.jp/namahage/mistery/mist_thd.htm
このサイトが分かりやすかったですよ(^^)/

| 石玉 | 2009/08/23 00:34 | URL | ≫ EDIT

鎌倉出身の者です.生まれと育ちは材木座で由比ガ浜の隣です.今,ドイツに住んでいますが,実は今日(22日)藤沢(鎌倉の隣ですね)の友達から,訳もなく,何の前触れもなく突然電話があり,びっくりしました.友人曰く「なんとなく7月半ばから気になってたけど,なぜか今日,様子を知りたくて電話した」とのこと.そして,今晩,愛読ブログの飄(つむじ風)さん経由,こちらに辿り着き,ビックリ.他の方々も書いておられるとおり,「湘南」のイメージとは裏腹に,鎌倉には陰湿な暗い雰囲気を感じる場所が沢山あります.2004年のスマトラ沖地震のとき,ミュンヘンにいて激しい頭痛,歯痛を感じ,空を見上げたら不気味な月が浮かんでいたり,先日,フィリピンのアキノ元大統領が亡くなった日の前日,身辺で不協和音が鳴り止まなかったり・・・ということをよく経験します.やはり,世界はどこもつながっているんですね.

| のぶ | 2009/08/23 08:39 | URL | ≫ EDIT

のぶさん、はじめまして。
>生まれと育ちは材木座で
私の夫とまるっきり同じで驚きました。
同世代だったら面白いなあ、と想像してしまいました。
今は藤沢に住んでます。

| 瑠奈 | 2009/08/23 09:44 | URL | ≫ EDIT

のぶさん、はじめまして、瑠奈さん、おひさしぶりです。

まゆみさんちで、とてもローカルな話題・・・
うちも、主人が材木座育ちで今も実家に住んでいます。
私は東京生まれですが、、、鎌倉と縁が深くて、、、子供の頃お世話になった学校の先生と、ピアノの先生が鎌倉在住で気がついたら鎌倉に嫁にきていました。
確かに、不思議な土地です。人の縁が濃くて深い。歴史的な人物だけでなく、私のような一般人も、鎌倉に住み始めてからえーっ!ていう遭遇が何度もありました。
独特な雰囲気のある街です。

| gattoparda | 2009/08/23 10:23 | URL | ≫ EDIT

沖縄と源氏といえば源為朝伝説が有名です。その子は浦添の王となったようです。

| かず | 2009/08/23 12:17 | URL | ≫ EDIT

HALさん、こんにちは。

別の話では、浅瀬で遊んでいたところ急に水位が増えて流されたとありました。
HALさんのお話を聞いて納得しました。やはり尋常じゃない”何か”が起きたのだと思います。
これは那覇で起きた水難事故ともぴったり符合します。

| mayufuru | 2009/08/23 14:18 | URL | ≫ EDIT

石玉さん、ありがとうございます。
あとでゆっくり見させていただきます。

| mayufuru | 2009/08/23 14:19 | URL | ≫ EDIT

のぶさん

90年代に一度、鎌倉を少し歩きましたが、暗い印象でしたね。雑誌などではもっといいところだと思っていたので、期待はずれでした。ドイツはいま暑そうですね。

| mayufuru | 2009/08/23 14:27 | URL | ≫ EDIT

かずさん、やっぱりそうなんですね、あとで「為朝」調べてみます。

| mayufuru | 2009/08/23 14:36 | URL | ≫ EDIT

まゆみさんこんにちは。
私も最近ヤマトタケルや源氏の事象に当って、また千葉が気になって仕方がありませんでした。千葉なんて興味なかったのに。何か頭の隅を突くのです。
コメントの方々は海側ですね。私は山側なんです。鎌倉宮の近くです。ですが先祖は第2次世界大戦までは頼朝のお墓周辺一帯の土地を持ち管理していました。たぶん・・源氏と一緒に西から移動してきたんです。
もしかしたら・・血縁なのかもしれません。だから何かが響くのか漠然と何かが動き出した感じなんです。

| HAL | 2009/08/23 19:04 | URL | ≫ EDIT

HALさん

なんか千葉が出てきちゃいますね。私も興味はなかったです。

Wikiで「鎌倉宮」みてみました。

親王は土牢に9か月間幽閉されていたとあります。知らなかったので驚きました。HALさんはその近くにお住まいで、しかも土地の管理までされていたということは源氏と深い縁がおありそうです。不思議なつながりを感じます。

それにしても鎌倉の歴史は重くて、この地の何がそうさせるのでしょう。

| mayufuru | 2009/08/23 21:21 | URL | ≫ EDIT

鎌倉宮は今年は2回行きました。
2回目は護良親王様が幽閉されていた場所(土牢)も見てきました。
御由緒を読んだ時は涙が出てきました。
でも、お花が沢山植えられている所もあって、
親王様はお花を見て心を慰められているのかな、と思いながら
帰ってきました。
鎌倉宮は獅子頭のお守りが売られていて、(厄除け、身代り守り)
本当にご利益があった方のお話もありました。


| 瑠奈 | 2009/08/23 21:53 | URL | ≫ EDIT

瑠奈さんはよく神社に行かれるのですね。
神社の神さまも喜んでいらっしゃるでしょうね。

鎌倉宮のウィキ読んで私も悲しくなりました。
土牢もみてこられたんですね。

権力者の権力争いって嫌だけど、
昔の時代のほうが今よりも単純でまだましだったのかなとも考えました。

| mayufuru | 2009/08/23 23:09 | URL | ≫ EDIT

まゆみさん,瑠璃さん,Gottopardaさん,こんにちは!

鎌倉にご縁のある皆さんに,まゆみさんのところで出会えて嬉しいです.今晩も眠れず,またこちらにお邪魔し「その17」を拝読しました.名前が挙がっている五所神社.実家がそこの氏子です(でした?).子供時代,よく境内や裏山で遊びました.そして七里ガ浜は高校時代を過ごした場所でした.ご縁を感じます.

ところで・・・そうなんです.ドイツはこのところ暑い日が続いています.子供たちはやっとプール日和になって喜んでます.お蔭様でベルリンの世界陸上も,暑さが→熱さになって盛り上がりました.


| のぶ | 2009/08/24 10:22 | URL | ≫ EDIT

一応源氏の末裔の流れのようです。源氏系多いですから(笑)
地元では鎌倉宮=大塔宮(おおとうのみや)と呼んでます。バスも鎌倉宮ではなく大塔宮行になってます。護良親王の別名ですね。
いろいろな人が深くは知らなくてもお参りに来ることが・・・供養になるのでしょうね。ここは穏やかです。獅子頭我が家も毎年買います。瑠奈さんもぜひ買ってみてください。守ってもらえます。

そこでちょっと思ってしまいました。明治神宮の御祭神が明治天皇だということに・・・。天皇のすり替えの話は本当に起ったことなのではないかなと。でなければあんなに大業に天皇を祀らないのではないかと思います。護良親王・早良親王や道真公に通じます。怨霊となられては困りますもの。あ、脱線しました。すみません。何故か聞いていただきたくて(汗)

| HAL | 2009/08/24 10:42 | URL | ≫ EDIT

gattoparda さん、お久しぶりです。
gattoparda さんのご主人も材木座なんですね。
不思議な縁を感じます^^

のぶさん、高校時代を七里ガ浜で過ごしたなんて羨ましいです。
うちの息子達も過ごして欲しい…と密かに思ってます。

HALさん、はじめまして。
今度大塔宮に行ったら、お守り買います^^
息子達にも買ってあげようかな。

| 瑠奈 | 2009/08/24 13:08 | URL | ≫ EDIT

のぶさんも五所神社.七里ガ浜の縁が深いのですね。

| mayufuru | 2009/08/24 17:05 | URL | ≫ EDIT

HALさん

天皇のすり替えの話はネットでは常識のようですね、

>本当に起ったことなのではないかなと。でなければあんなに大業に天皇を祀らないのではないかと思います。護良親王・早良親王や道真公に通じます。怨霊となられては困りますもの。

確かにそう思います。
やたら祀ってあるのは祟りを恐れてでしょうね。だから神社だらけなのか知れません。
それを地元の人がお参りしてるということは、権力者の後始末をさせられているのでしょう。

| mayufuru | 2009/08/24 17:08 | URL | ≫ EDIT

まゆみさん、私もネットでは見ていましたが信じられませんでした。
でも自分の身近に祀られてた護良親王の事ちゃんと考えたことによって確信に変わりました。そう、よく考えれば判ることなんですよね。
歴史は繰り返されている。
いつもちゃんと考えていないんですよね・・。

そのような神社にお願いをしに行くというのもなんだろうな・・と思ってしまいますね。

| Hal | 2009/08/25 23:14 | URL | ≫ EDIT

関東大震災

はじめまして。今日初めてこの記事を、読みました。(私の場合山階宮武彦王妃の佐紀子女王の記事一直線だったかも知れません(笑))色々な情報有難うございます。以前、ウィキペディアの「山階宮武彦王」で、甥の筑波常冶さんは、「怖い伯父様」と語っています。

| yuuki | 2011/01/20 20:35 | URL |

Re: 関東大震災

yuukiさん、はじめまして。ぶっ飛びブログですが宜しくお願いします。

| まゆみ | 2011/01/21 11:36 | URL |

由比ヶ浜(関東大震災)

まゆみさん、私も話がぶっ飛ぶ事がありますよ。早速ぶっ飛びますが、「龍馬の姪の謎」と云ふ記事ご存知ですか。(yuuki名義です。)その記事でぶっ飛びます。      とあるサイトで、(省略)夫妻は恋愛結婚だったとも書いてあります。・・・・・これで終わりです。

| yuuki | 2011/02/07 21:00 | URL |

Re: 由比ヶ浜(関東大震災)

yuukiさん、龍馬の姪の謎」は初耳です。また覗いてみます。

| まゆみ | 2011/02/07 23:36 | URL |

先ほどの話の続き

まゆみさん、「龍馬の姪の謎」は、検索結果に出てこない事があります。

| yuuki | 2011/02/08 05:31 | URL |

Re: 先ほどの話の続き

yuukiさん、「龍馬の姪の謎」で検索したものです。これでは駄目ですか?

http://www.google.co.jp/search?q=%E9%BE%8D%E9%A6%AC%E3%81%AE%E5%A7%AA%E3%81%AE%E8%AC%8E&rls=com.microsoft:ja:IE-SearchBox&ie=UTF-8&oe=UTF-8&sourceid=ie7&rlz=1I7GGLL_ja&redir_esc=&ei=oJ5QTbOYApG6vQP9keynCQ

| まゆみ | 2011/02/08 10:40 | URL |

検索結果

まゆみさん、それの事を言ってました。全6話まであります。話は変わりますが、佐紀子女王について、書きます。彼女は、妊娠していたので、階下1階にて吾妻博士の診察を受けていました。(侍女も同行)その時に地震が起こり、その場の人は皆圧死。夫武彦王が、精神病になったと言われています。(横須賀へ外出中だった。)他に寛子女王、師正王も、亡くなられています。 ・・・・御写真がありますが、きれい(美人)な方です。(美人なのは、母が侍女に無理矢理化粧をさせてた、との説もある。)

| yuuki | 2011/02/08 14:19 | URL |

Re: 検索結果

yuukiさん、読んでみましたが龍馬のことすらよくわかってないので感想が書けなくてごめんなさい。

> 話は変わりますが、佐紀子女王について、書きます。彼女は、妊娠していたので、階下1階にて吾妻博士の診察を受けていました。(侍女も同行)その時に地震が起こり、その場の人は皆圧死。夫武彦王が、精神病になったと言われています。(横須賀へ外出中だった。)他に寛子女王、師正王も、亡くなられています。 ・・・・御写真がありますが、きれい(美人)な方です。(美人なのは、母が侍女に無理矢理化粧をさせてた、との説もある。)

こちらはまったくわかりません。知識なくてごめんなさい。

| まゆみ | 2011/02/08 20:56 | URL |

謝罪

私こそすみません。

| yuuki | 2011/02/09 14:29 | URL |

Re: 謝罪

yuukiさん、気にしないでくださいね。

| まゆみ | 2011/02/09 16:10 | URL |

佐紀子女王のエピソード

まゆみさん(と言うより皆さん)佐紀子女王の話(エピソード)を一気に全部ぶちまけます。(笑)彼女は1903年、賀陽宮邦憲王(かやのみやくにのりおう)の第2王女として、京都に生まれました。しかし1909年、父の邦憲王が逝去し、今で言う母子家庭になって(言い方がおかしいですが)、6年後(または16年後)、姉の由紀子女王が嫁ぎ、(彼女は20歳、佐紀子女王は12歳頃)更に6年後に、今度は兄恒憲王が九条敏子を嫁にもらい、翌年の1922年、佐紀子女王が山階宮武彦王(やましなのみやたけひこおう)と結婚し、幸せを手に入れたはずが・・翌1923年、関東大震災で由比ヶ浜別邸が倒壊し、佐紀子女王は居間の下敷きとなり即死。(彼女は当時、妊娠しており、4ヶ月前後だった)夫武彦王が精神病にかかりました(横須賀で逃れたようです・・・)。・・終りましたが、興味のない方は読まないでも結構です。

| yuuki | 2011/02/09 19:13 | URL |

Re: 佐紀子女王のエピソード

yuukiさん、説明していただいてありがとうございます。詳しいですね。

| まゆみ | 2011/02/09 21:08 | URL |

お礼

まゆみさん、「佐紀子女王」で検索すると良いです。(後半こんがらがりますが・・・)

| yuuki | 2011/02/09 21:34 | URL |

すみませぬ。(^^;
どちらかと言うと、龍馬と千葉一族の妙見信仰の方に
興味が・・・(汗

| ume | 2011/02/09 22:41 | URL | ≫ EDIT

それは

それは何でも。

| yuuki | 2011/02/11 05:44 | URL |

yuukiさん、 どうも失礼しました。(^^;
龍馬~平野氏~小沢氏、つながりで妙見ねえ~?と思っていたところだったので、つい余分な口を挟んでしまいました。(汗)
小沢氏の懐刀?と言われている平野氏が龍馬と北辰ネットワークみたいな本を出されていて、
昨年から小沢一郎氏が、あちこちの神社にお参りされて
ニュースになったりしているんですが、それがまた北辰絡みっぽいんですよ。(伊勢とかじゃないです。どちらかというとまつろわぬ方面というか、やられちゃった方。)

神頼みなのか、誰かに対するアピールなのか、よくわかりませんが、マジですかい!???てな感じです。(○○;)

漠然としていて、まだ人に尋ねるほどでもなかったんですが、ついうっかり書き込んでしまいました。(反省してます。)

| ume | 2011/02/11 22:45 | URL | ≫ EDIT

突然

由比ヶ浜の記事なのに,坂本龍馬が出て来ましたね。(正確には乙女の子菊栄の人生が綴られている)umeさん,気にしないで下さい。

| yuuki | 2011/02/12 09:15 | URL |

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

久しぶりです。「佐紀子女王のエピソード」に付け足し。武彦王、横須賀の追浜では逃れられないんじゃ・・・・・?(大体お見合いから恋愛だからね・・・とか妻が妊娠していた、とか?[自分が死ななきゃ父親の身になれる、とか。]結局妻は死んだんだけど・・・。)ああ切ない話ばっかしてた・・・。

| yuuki | 2011/02/16 21:25 | URL |

今日も

体調不良でございます。ところで質問しますが、最近興味のある歴史上の人物て、いますか。私は佐紀子女王、近衛尚子(桜町天皇生母)源頼朝、坂本龍馬、・・・?です。

| yuuki | 2011/02/21 15:00 | URL |















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