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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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閉じ込められた神が動きだした? その17 (十二部族)


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鎌倉の「五所神社」の緯度経度検索しようとすると、
千葉県山武市蓮沼(上総国武射郡)の「五所神社」が出る。
「五所神社」
緯度 35度36分44.22秒(35.612284)
経度 140度30分15.28秒(140.504246)

ということはここが元祖かな。
また安房国だ。
貯水池が盛り上がった東金市下武射田にも近い。


今日は元祖中心でいきます。(引用はすべてWikipediaより)

■「五所神社」(千葉県武市蓮沼)
『天照大神を主祭神とし、誉田別尊・天児尾根命・素登姫命・表筒雄命、の5神を祀る。
承安元年(1171年)の創建と伝えられ、治承4年(1180年)には石橋山の戦いに敗れた源頼朝がしばらくこの地にとどまり武運長久国土安泰を祈願したといわれ、中世以降は上総国山辺荘の総社であった。・・・・・下総芦戸に封じられた木曽氏と当社の神官に縁故があったことから造営資金の提供を受けたといわれている。・・・・・毎年2月の第3日曜日に奉納される「十二面神楽」が有名である。・・・・・九十九里浜の中央とされる「箭挿(やさし)神社」は五所神社が管理している。また、北東側に約2km離れて四社神社があり、南西側には約3km離れて大宮神社がある。』とある。


やっぱり頼朝だ、戦勝祈願だ。
四社神社と大宮神社はウシトラとヒツジサルの配置だろうね。
素登織姫命の「織は」秦氏?


「四社神社」
『速須佐之男命・天津兒屋根命・別雷命と菅原道真公を祀る。889年臣籍降下した高望王が、昌泰元年(898年)上総介に任じられ上総国武射郡に屋形を造営、延喜元年(901年)9月には(或いは子の良兼が)その屋形の鬼門に当たる所に当社を建立、また延喜2年(902年)2月には寺院を建立したといわれている。天慶の乱(939年)に際して朝廷軍が戦勝を祈願したときから「四社大明神」と称されていた。』とある。


屋形って八形、矢形とも言えるよね。
なんかイスラエルっぽい。
ということは四柱神社も同じ系統かな。
ここでも戦勝祈願だね。


「大宮神社」
『807年)の創祀、祭神は大己貴命と少彦名命。後に近江国日吉大社から大山咋命を勧請し「大宮山王大権現」と称し江戸期には「借毛郷大宮」と呼ばれ・・・・江戸中期に日光二荒山神社より伝わったとされる・・・・・の12座が奉納され秋の例祭には神輿の渡御が行われる。』とある。


また日光二荒山神社だ。
12だ。


「箭挿(やさし)神社」(箭挿八幡宮)
『頼朝は6町を1里として次々に矢を立て、丁度49本目が箭挿神社になったのでここに小宮を建て10本の矢を奉納したと言われている。一方、頼朝はこの長い砂浜の中央の小祠が日本武尊を祀った社であることを知り、喜び、先祖の源義家と同じく矢を束ね、幣帛(供物)として奉納したともいい、これが箭挿神社であるといわれている。』とある。


また頼朝だ。
矢だ、まゆみだ、檀君王の檀だ。
49か。
あと一つで50だね。
7×7=49=13

49で10本の奉納?
なあに、これ。


あっ、もしかして・・・・


「九十九里浜」
『古名は玉浦(玉の浦)で、源頼朝の命で6町(1町は約109メートル)を1里として、1里ごとに矢を立てたところ99本に達したという伝承から「九十九里浜」と言われるようになったとの説が有名で、中央とされる山武市蓮沼地区には箭挿(やさし)神社がある。またその故事に因んで、矢指浦の別称がある。』とある。


今度は99。
こちらもあと一つで100。
意味深だな。
矢って神柱のこと?
9+9=18=9
9×9=81=9
どっちも9になるね。

「箭挿神社」はあと一本でで50。
しかも50と100で倍。
「箭挿神社」と「九十九里浜」の共通はあと一本。


なあに、この一本は。
うう~ん、怪しい。
絶対何かあるぞ。



九十九って「功徳」とも読めるね。
九が十九あるとも、
あるいは九がが十区あるとも読める。
じゃ、九は球、弓、宮?


「封じられた木曽氏」
なんでここに木曽氏が?


「十二面神楽」
すぐ「十二所神社」を想起
五と十二はセットとみた。
そして八幡も。

再度「十二所神社」
「十二所神社」で検索すると東京武蔵村山市の「十二所神社」が出る。
緯度 35度45分36.17秒(35.760047)
経度 139度22分46.76秒(139.379655)

ここが元祖かな。


「十二所神社」
『十二所神社(じゅうにしょじんじゃ)という名前の神社は日本全国にあり、十二社神社(じゅうにしゃじんじゃ)、十二神社(じゅうにじんじゃ)と称するものもある。その多くは熊野三山の神を勧請したもので、明治の神仏分離までは「十二所権現社」などと呼ばれていた。熊野三山には12柱の神(熊野権現を参照)が祀られており、これを「熊野十二所権現」と称する。これらの神を勧請して祀ったのが十二所権現社、現在の十二所神社である。なお、十二所神社の中には祭神を「天神代・地神代」としている所もあるが、これも多くは熊野十二所権現を祀っていたのを、明治の神仏分離の際に改めたものである。』と書いてある。


12柱?

あっ、イスラエルの十二部族?


「箭挿神社」で頼朝が奉納した10本の矢は失われた十部族?


じゃ、足りない一本は、「ヤハウェ」?


じゃ、源氏はイスラエル?
矢の象徴はイスラエル?
日本武尊もイスラエル?
熊野三山もイスラエル?


茨城県久慈郡大子町にも「十二所神社」があるでしょ。
昨日の段階で大子町と鎌倉はつながっていることが明確になった。
ということは、鎌倉も大子町も大阪の太子町もみなイスラエル?
鎌倉には白旗神社があったから秦氏?
大子町にも鎌倉にも熊野神社、諏訪神社もあるということは
諏訪神社もイスラエル?
あっ、沖縄も?
(99年に越してきた時に沖縄の言葉はヘブライ語に似ていると思いました。)
あっ、99だ。(笑)


何だ、何だ、一体これは。


http://pds.exblog.jp/pds/1/200908/23/62/b0086362_16285556.jpg',400,300,'1');" OnMouseOver="this.style.cursor='hand'"/>


今回事故が続いた

神奈川県茅ケ崎市柳島
沖縄県那覇市、
茨城県久慈郡大子町
大阪府南河内郡太子町
神奈川県鎌倉市由比ガ浜

そして、源氏

「五所神社」
「五霊神社」
「十二所神社」
「八幡神社・八幡宮」
「熊野神社」
「諏訪神社」 (四柱)

「春日大社」 (四神)
「科長神社」 (二上山・二上神社・恵比須神社・琴平神社・稲荷神社)
「近津神社」
「真弓神社」
「日月神社」
「旧日月寺」(出羽三山)

「男体山」
「日光」

これらすべてイスラエル?


「八幡とは何ですか」のこの言葉
”ハチマンの中にあるおびただしい死の数々”
これを鎮めるための神社が、「御霊神社」?

再度お読みください。
内容が違って読めるはずです。
「八幡とは何ですか」

日光二荒山神社の「二」って、イスラエルの2部族?
二、四、五、八、十二、か。。。


ついでに資料として
鎌倉には三がつく神社があったし、熊野三山も三だから、三も覚えておこう。
十二から九を引くと三だしね。
その「九十九里浜」の九も入れたほうがいいかな。
箱根の「九頭龍神社」もあるしね。
あつ、第六天神社もある。
7はどうなるの?
節操なくなってきたからやめようね。


私のぶっ飛び考察が当たってたら、イスラエルは数字が好きなんだ。
日月神示・ひふみ神示・一二三神示も数字だからイスラエル?
(日月神示・ひふみ神示・一二三神示のチャネリング詩は先月公開してます。)

①9日 19時56分ごろ 東海道南方沖 M6.9
②11日 5時7分ごろ 駿河湾 M6.6
③13日 7時49分ごろ 八丈島東方沖 M6.5

こうやってみてくると、今回の大きな地震三つは源氏に関係してるでしょ。
八丈島の地震なんかホント北上して頼朝の後を追いかけてるみたいだもの。
関東=源氏として考えれば発振した場所はみな源氏つながりかも。
関東全域が秦氏の拠点だったらますますピッタリだね。

大磯から上陸した評判の良かった高句麗の若光との因縁?
(703年に若光は文武天皇から高麗王(こまのこきし)の氏姓を賜る。)


こんなサイト見つけました。山伏も登場します。
「猫の覗き見」矢指浦ってどこ?
『日本武尊を祭った社が、秦氏ゆかりの神社でしょ。 そこに先祖の源義家や、源頼朝が矢を奉納したのはなぜでしょう。 それがイスラエルの神の社であるなら、奉納された矢はヤハウエを意味する“ヤー”なのでしょうか。 要は、箭挿(やさし) ...』
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-d773.html

こちらのサイトでは「秦氏と蘇我氏」を検証されていて、神奈川は韓川とある。
http://www.ne.jp/asahi/davinci/code/history/hadano/index6.html



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COMMENT

諏訪大社はイスラエルでしょうね。モリヤ山があります。筆頭神官のお名前は守矢氏です。タイシ町は聖徳太子に繋がりそうですね。太子には秦氏が関わっていましたから。秦氏はイスラエル人という説がありますね。聖徳太子も碧眼だったというのもあるから本人もイスラエル人の可能性はないのかなと思ってみたりしました。
源氏がイスラエルというのは正直驚きましたが・・・。
もしそうならヤマトタケル事象があるのは当然なのかもと思ってしまいました。
私は最近は常に六芒星のペンダントをしています。

| HAL | 2009/08/23 19:24 | URL | ≫ EDIT

モリヤ山のことも知識では知ってるのですが、情報ってどこかで信じられなくて、性格的に自分で謎解きをするのが好きです。今回偶然に合いましたね。

はい、太子町は聖徳太子ですね。太子町にも秦氏が関わっているという話ですね。秦氏はイスラエル人という説がありますね。聖徳太子が碧眼だというのを知人から90年代に聞いたことがあります。厩戸王子ということで、イエスと比較されたりもしてるようですね。

| mayufuru | 2009/08/23 21:28 | URL | ≫ EDIT

今日は片瀬の諏訪神社のお祭りの初日です。
夜、子どもの太鼓と笛と共に屋台が出ます。
屋台といっても縁日の屋台とは違って太鼓が乗っている屋台です。
それを叩きながら進むのです。
そして確か27日の夜には大きい山車が出ます。26日もだったかな。
こちらは人も太鼓も笛の人も乗るし、グルグル回るんです。
提灯が沢山つき、人が沢山乗った山車がグルグル回るのはなかなか壮観です。
この山車、地区内を太鼓叩きながら進むんですが、途中小さい子を乗せてグルグル回ってくれるんです。
うちの息子達も小さい頃乗せてもらいました。とても喜びました。

九十九里浜とイスラエルの12部族、で
やはり鎌倉の七里ガ浜を連想して、ちょっとぞっとしました。
七里ガ浜には、やはり悲しい事故がありました。
1910年に逗子開成中学校の生徒12人全員が亡くなったという事故です。(うち1人は逗子小の小学生)
七里ガ浜の地名の由来をwikiで調べると、
すごく面白い事が書いてありましたよ。(密教とか、結界とか)
長くなりますので、ここでは書きません。ごめんなさい。

| 瑠奈 | 2009/08/23 22:15 | URL | ≫ EDIT

>今日は片瀬の諏訪神社のお祭りの初日です。

このフレーズ、好きです。

>夜、子どもの太鼓と笛と共に屋台が出ます。
屋台といっても縁日の屋台とは違って太鼓が乗っている屋台です。
それを叩きながら進むのです。
そして確か27日の夜には大きい山車が出ます。26日もだったかな。
こちらは人も太鼓も笛の人も乗るし、グルグル回るんです。
提灯が沢山つき、人が沢山乗った山車がグルグル回るのはなかなか壮観です。
この山車、地区内を太鼓叩きながら進むんですが、途中小さい子を乗せてグルグル回ってくれるんです。

わ~、これもいいな。
映像が浮かんで、何かウルウルしてきます。
とってもいい。

| mayufuru | 2009/08/23 23:12 | URL | ≫ EDIT

>九十九里浜とイスラエルの12部族、で
やはり鎌倉の七里ガ浜を連想して、ちょっとぞっとしました。

ありがとう、瑠奈さん。
やっぱり地元でなければわからないことですね。
七里ガ浜があるんだ。何となく思い出しました。

7はどうなるの?って書いたでしょ。
十二所神社の中には祭神を「天神七代・地神五代」としている所もあるとあったのでそれで7はどうなるのって書いたのです。

wiki、明日読んでみますね。

| mayufuru | 2009/08/23 23:18 | URL | ≫ EDIT

(ニュースより転載です)

静岡県伊豆市湯ケ島の猫越(ねっこ)川で、家族で川遊びに訪れていた三島市富士ビレッジ、短大准教授、佐藤聡彦さん(41)の長男一二三君(3)と次男陽仁(はるひと)君(1)が流された。2人は間もなく救助されて病院へ運ばれたが、一二三君は間もなく死亡した。陽仁君は命に別条はないという。
(転載終わり)

まゆみさんももうご存知とは思いますが、
悲しい水難事故です。
また2人です。
なくなられた子の名前が気になりました。

| 緋雲 | 2009/08/24 06:56 | URL | ≫ EDIT

おはようございます。
私が九十九里で思い出すのが、「くくり」です。
「くくり」は「泳」で、、、
イザナミ命が腐乱した妻を黄泉の国から逃げ帰る途中、黄泉平坂に現れて何ごとかを告げた「菊理媛(ククリヒメ)」を思い出します。
”みそぎ”の古いかたちは、水辺の禊(みそぎ)であったという。
くくりは水を潜る(ククる)事。海水に潜ることで、それが海人の風俗に発しているといいます。
黄泉から脱出後、イザナギ命は禊をし、数々の神を生む。

| 姫 | 2009/08/24 09:27 | URL | ≫ EDIT

真由美さんが自ら謎解きをされているのは感じていました。今回繋がったのでやはりそうなんだろうなあと更に思う気持ちが強くなった感じです。
やっぱりタイシ町は繋がるんですね~。まだまゆみさんのブログを読み始めたばかりなので今迄の検証とか読んでなくて・・すみません。
いろいろ気付きを与えてくださるので感謝です。


| HAL | 2009/08/24 10:05 | URL | ≫ EDIT

数日前に、『 旧い神 』と『 新しい神』 (こちらは埋没させられていた)の交替が起こる。という夢を見ました。夢の中で「ふるい神」の表現は
「 古 」ではなく「 旧 」の字のイメージでした。また知人が見た夢や
何度も見せられるモノに『 鳩 』や『 染色 』があり、解字すると、
『 九 』という字が入っているね~と話していました。私の見た夢の「旧」
も音では「きゅう」=九です。

話しは変わって、全ての存在、モノは「陰」と「陽」に大きく分けることができますが、「陰」の極みを表したのが『 八 』で、陽の極みが『 九 』で
あると。聞いたことがあります。またこの「八九」で「はっくの仕組み」という
のがあり、夢やメッセージでは「野球」(白球)に関することで見せられます。「八」はまた、「ヤハウェー」( ヤの付く地名や存在は、このヤハウェーに通じるそうです)でもあり、漢字の「 池 」や「 地 」の「 也 」(ヤ)
は、『 蛇 』を表したものだと、以前漢字のサイトで読んだことがあります

| shimo | 2009/08/24 11:41 | URL | ≫ EDIT

続きです。
九十九(つくも)は百に一つ足りないが、根っこは同じ。
百は「 白 」の「 一 」(はじめ)
『白』の流れとは、水であり川であり、経済の流れを司るモノ
米(八十八)であり、西から沖縄、日本に流れてきた存在、流れと聞いています。

| simo | 2009/08/24 11:42 | URL | ≫ EDIT

まゆみさん、こんにちは。五所とか四所という神社はなんかいいかげんな気がするけど、熊野の十二所には確かに十二部族という意味を感じるなー、いい線ですよまゆみさん。

| mayo | 2009/08/24 13:43 | URL | ≫ EDIT

緋雲さん

そのニュース昨夜知って記事にしようか迷ってましたが一二三君の名前をみていなくて、コメントで知り驚きました。ということで記事にしますね。それにしてもこのつながりは凄いですね。6月の終わりのprocyonさんの登場から一二三が始まり7月に入ってすぐウシトラの記事を書きました。ここから全部つながってます。

| mayufuru | 2009/08/24 15:35 | URL | ≫ EDIT

姫さん、こんにちは。

マヨさんの嫌いな「くくり」ですね。くしゃみしてるかもしれません。

>”みそぎ”の古いかたちは、水辺の禊(みそぎ)であったという。

ということは、源氏は海人族?

| mayufuru | 2009/08/24 15:38 | URL | ≫ EDIT

HALさんは最近いらっしゃったからご存知なかったですよね。

私は頑固というか、何でも自分でしないと気がすまない性格で、人の言葉を借りるのはもっと嫌で、自分の言葉で語るのが好きです。いつも直感、閃きを大切にしています。その直感が間違いがないか、その後、検証したくなってしまいます。ぶっ飛びブログなので腹も立つこともあるかも知れませんが、縁を感じたら長い目でお付き合いください。

| mayufuru | 2009/08/24 15:43 | URL | ≫ EDIT

shimoさん

鳩にも染色にも九があるんですね。
確かに「旧」もそうですね。

「はっくの仕組み」掛けると72。足すとまた9ですね。
九十九はつくもと読むんですね。
九十九が風車に見えてきました。へんな私です。


>米(八十八)であり、西から沖縄、日本に流れてきた存在、流れと聞いています。

四国八十八ヶ所を想起します。

shimoさんのコメントはprocyonさんという方に通じるものを感じます。

| mayufuru | 2009/08/24 15:55 | URL | ≫ EDIT

マヨ博士、古代史上手く出来ないからまゆみ風でいきます。お楽しみに。

| mayufuru | 2009/08/24 15:56 | URL | ≫ EDIT

>shimoさんのコメントはprocyonさんという方に通じるものを感じます。

普段、まゆみさんの記事に目を通して、コメントはあまり読まない
こともあるので、「procyonさん」検索してざっと読んでみましたが
私には、この人のコメントはよく理解できません。。。。正直、感覚や
直感で受け取る私には苦手な感じです。
まゆみさんには、通じるモノがある。と感じられたのですね。。。。

| simo | 2009/08/24 19:01 | URL | ≫ EDIT

simoさん

>百は「 白 」の「 一 」(はじめ)
米(八十八)であり、

このあたりでprocyonさんに似てるなと思いました。
似てるなんて言ってごめんなさい。
私自身誰かに似てるといわれるのが好きじゃないのに言ってしまって、今後は気をつけますね。

procyonさんのコメントは私には難しくてなかなか返事が書けません。

| mayufuru | 2009/08/24 22:22 | URL | ≫ EDIT

まゆみさんのブログを見て腹をたてるなんてありませんよ。
本来私も自分で検証したがる性格なんでわかります
。諏訪の件はいろいろ調べてこれだというのに突きあたってて、まゆみさんの検証と一致したので思わず書いてしまったのです。文字数が限られているので、モリヤの件を出しただけで、こちらこそまゆみさんが怒られたのではと、余計な事したと反省してました。鎌倉の件がなければロムってただけなんで相がこれも縁なのかもしれません。お許しいただければまたコメントさせてくださいませ。

| HAl | 2009/08/25 22:49 | URL | ≫ EDIT

| mayufuru | 2009/08/25 22:59 | URL | ≫ EDIT

| mayufuru | 2009/08/25 22:59 | URL | ≫ EDIT

まだまだいろいろありますが、諏訪大社ー諏訪の人々は外から押し付けられたものを受け入れているようで、実はそれ以前からあった古いものをもしっかり保っているような印象です。タケミナカタが出雲からこの地に封印されたというより、タケミナカタの名前を借りて何か古いものを封じ込めようとしたかんじ。単純にみれば、ミシャグチーモリヤを、タケミナカター出雲が覆い隠しているようですが、ひょっとしてニギハヤヒー物部を、天皇家のような日本を支配してきた人々が同様に覆い隠して、いいとこどりでのっとったのかな?なんて思ったりもしますが、歴史はかなり重層的になっているから本当に難しいです。でもこの諏訪には活断層が地上にひょっこり出ているような、地面の下を垣間みるようなかんじがあります。

・・・・・・・・・・・

貼り付け終わり。

| mayufuru | 2009/08/25 23:00 | URL | ≫ EDIT















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