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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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ロシア議会は、中立性を理由にXメディア(旧Twitter)の禁止を解除した。


米軍がイラクとシリアから90日以内に撤退するという情報。

ロシア議会は、タッカー・カールソンのインタビュー公開後、中立性を理由にXメディア(旧Twitter)の禁止を解除した。これは、ロシア国民が多様な視点や情報に確実にアクセスできるようにすることを目的としている。

タッカー・カールソンはプーチン大統領のインタビューの前にスノーデンにインタビューしたようです。近いうちに公開されるとのこと。


ロシア語から英語、そして日本語へと翻訳。どうやっても誤訳が出てくる。プーチン大統領だけでなく、ロシアの閣僚は哲学的な言い回しをするから尚更。ロシア語の直訳を読みたいですね。

早速、誤訳されたプーチンの動画でウクライナ応援団が舞い上がってる。全く逆の意味なのに。”プーチンはナチスだ、ヒトラー”だと騒いでる。


ブログでよく紹介してるShortShort_Newsさんの翻訳、インタビュー、全編。

@ShortShort_News

タッカー・カールソンがロシア🇷🇺プーチン大統領をインタビュー

https://twitter.com/ShortShort_News/status/1755015633849512438

J Sato@j_sato

西側メディアの偏光レンズを通してロシアやプーチンの情報を脳にインプットしてきた人たちは、全編通しで見た方がいいよ。そういう人たちは受け身だから、見ないんだろうけど。


猫一証券@nyanpin123

日本ではごく一部の人しか認識されていないが、世界の今を読み解くには視聴必須なインタビュー。あちこちで日本語翻訳出てきているけど、この一連のツリーが一番視聴しやすかったかな。 私ら投資家は世界で起こっていることを正確に理解しなければ勝てない。 私が今BRICS投資を進めているのはそういう視点があるからなんだよね。これ視聴した結果、中国人民元定期預金ももう少し増やすべきと判断しマスタ。

https://twitter.com/nyanpin123/status/1756112469804953653


J Sato@j_sato

ざっくり大意・雰囲気を掴むには自動翻訳で十分と思うが、ところどころに逆の意味で訳してしまうクリティカルな翻訳ミスがあるので注意。プーチンの2時間だと、自動翻訳だと5-7箇所程度、真逆の意味に訳してしまっている部分があった。


satoさん、時間切れで見れなくなったるコメントの引用ありがとうございます:
「西側エリートによる情報のカーテンは崩壊した。国際社会で真実への欲求は高まっており、米ジャーナリストは第一の情報源であるプーチン氏に向かった」

満月たまご@baby_kamex

ディスってばかりの記事の最後に、ちょっと気になるタッカー賞賛コメントが掲載されてるので、皆さんにプレゼント!

2月11日 13:52まで全文お読みいただけます
プーチン氏揺さぶり「ロシアと交渉を」 トランプ氏支持の司会者通じ:朝日新聞デジタル https://digital.asahi.com/articles/ASS293W73S29UHBI00L.html?ptoken=01HP8NQSJCGD2X9G5S2PB7VGEK
#ウクライナ情勢

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J Sato@j_sato

「西側エリートによる情報のカーテンは崩壊した。国際社会で真実への欲求は高まっており、米ジャーナリストは第一の情報源であるプーチン氏に向かった」


J Sato@j_sato

タッカー・カールソンのインタビューで、プーチンは交渉の用意があると何回も繰り返していたが、NZの主流メディアの見出しは、「タッカー・カールソンのインタビュー内で、プーチン、米国を戦争で脅す」🤡

https://twitter.com/j_sato/status/1755916079766077584
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2001年、大統領になりたてのプーチンはドイツ連邦議会で先見的な演説を行った。プーチンは冷戦を忘れ、平和で豊かな大ヨーロッパを建設することについて語った。

J Sato@j_sato

2001年、比較的新しいロシアの大統領ウラジーミル・プーチンはドイツを訪れ、連邦議会で先見的な演説を行った。

彼は冷戦を忘れ、平和で豊かな大ヨーロッパを建設することについて語った。

"今日、我々はきっぱりと言わなければならない: 冷戦は終わった!

我々は新たな発展段階に入った。

近代的で健全かつ持続可能な安全保障体制がなければ、欧州大陸に信頼の雰囲気を作り出すことはできない、 そして、そのような信頼の雰囲気なくして、統一された大ヨーロッパはあり得ないのである!

今日、我々は固定観念と野心を捨て、これからは欧州の人々と世界全体の安全のために共同で取り組んでいくことを表明しなければならない。"

https://twitter.com/j_sato/status/1756638441025294654
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低俗なテレビが低俗な芸能人を使って足元にも及ばない人間を攻撃させる。

@MrLonely_diary

プーチン大統領にインタビューしたタッカーカールソンにパックンが人身攻撃
人心攻撃論法:『ある論証に対し、その主張に具体的に反論するのではなく、主張した人の個性や信念を攻撃すること』そして最後は陰謀論でしめる。相変わらず腹立つパッ君

#ワクチンを打つ若者はヒーロー #パックン

https://twitter.com/MrLonely_diary/status/1756137516342944118


NewsSharing@newssharing1

ボリス・ジョンソン元英首相「世界中の人々が、タッカー・カールソンが行ったプーチン大統領のおかしなインタビューを見ている。私たちはこの嘘に騙されてはならない」
https://newssharing.net/boris-johnson2
どっちがおかしいか明白すぎて草 戦争屋のパシりどもが必死

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ロシア在住です@jupiter_russia

タッカー・カールソンのインタビューが行われる前のニュースになりますが、こちらも流れが変わったと感じさせる出来事です。ロシア当局は2月5日、2018年にクリミア大橋爆破を呼びかける記事を書いたワシントン・エグザミナー (Washington Examiner)…
https://twitter.com/jupiter_russia/status/1756308259248431313" target="_blank" title="Show more">Show more


世界を救った男

Alzhacker@Alzhacker
https://twitter.com/Alzhacker/status/1715440206650982434

スタニスラフ・ペトロフ:世界を救った男

1983年9月26日、世界は潜在的な核災害から救われた。

早朝、ソ連の早期警戒システムがアメリカからのミサイル攻撃を探知した。コンピューターは数発のミサイルが発射されたことを示唆した。ソ連軍の手順としては、核攻撃による報復を行うはずだった。

しかし、スタニスラフ・ペトロフ当直士官(敵のミサイル発射を登録するのが仕事だった)は上官に報告せず、誤報として処理した。

これは彼の指示違反であり、職務怠慢である。

彼の仕事は、ミサイル攻撃を登録し、ソ連の軍部と政治指導部に報告することだった。1983年の政治情勢では、報復攻撃はほぼ確実だっただろう。

「サイレンが鳴り響いたが、私はただそこに数秒間座って、『発射』と書かれた逆光の大きな赤いスクリーンを見つめていました」と彼は言う。

システムはそのアラートの信頼度を「最高」と伝えていた。間違いない。アメリカはミサイルを発射したのだ。

「1分後、再びサイレンが鳴りました。2発目のミサイルが発射。そして3発目、4発目、5発目。コンピューターはアラートを 『発射』から『ミサイル攻撃 』に変えました」と彼は言う。

ペトロフ氏はロシアの安煙草を吸いながら、頭の中で数え切れないほど繰り返したに違いない事件を語る。

「空爆を報告する前に、どれだけの時間考えることが許されるかというルールはありませんでした。しかし、先延ばしにすればするほど、貴重な時間を奪うことになります。ソ連の軍と政治の指導部には、遅滞なく報告する必要があります」

「でも、動けませんでした。熱いフライパンの上に座っているような気分でした」

ソ連の議定書では、核攻撃には自国の核攻撃で対応することになっている。

警戒態勢の本質は明白に思われたが、ペトロフ氏は疑念を抱いていた。

ソ連には、彼のようなIT専門家のほかに、アメリカのミサイル部隊を監視する専門家がいた。衛星レーダーのオペレーターたちは、ミサイルを探知していないと彼に言った。

しかし、その人たちはサポートサービスに過ぎなかった。プロトコルには、コンピュータの読み取りに基づいて判断しなければならないとはっきりと書かれていた。そしてその決定は、当直士官である彼に委ねられていた。

しかし、彼が不審に思ったのは、その警告がいかに強く明確であったかということだ。

ペトロフ氏はソ連軍司令部の当直将校に電話し、システムの不具合を報告した。

もし彼が間違っていたら、最初の核爆発はその数分後に起こっていただろう。

※この誤報は後に、高い雲に太陽が反射したのをミサイル発射と勘違いした衛星の誤作動によるものと判明した。

ペトロフは報われなかった。それどころか、勤務日誌を正しく記入しなかったとして譴責処分を受け、翌年には退役した。

30年経った今、ペトロフ氏は確率は五分五分だったと考えている。ペトロフ氏は、この警報が偽のものであったという確証はなかったと言う。

彼は、チーム内で民間教育を受けた唯一の将校だったと言う。 「私の同僚はみなプロの兵士で、命令を下して従うように教えられていました」と彼は語った。

だから、もし他の誰かがシフトに入っていたら、警報が鳴っていただろうと彼は考えている。

彼は10年間沈黙を守った。当時、彼の指揮官はペトロフを支持していなかったが、1991年のソ連崩壊後に事件を明らかにした。

しかし、その役柄のおかげで祖国での名声はほとんど得られなかった。彼はモスクワ郊外のフリャジーノにある手つかずの小さなアパートに住み続けた。ロシア政府機関からは、彼の死に関する公式な報告や声明は発表されていない。

彼は自分をヒーローだとは思っていない。

「それが私の仕事でした。でも、あの夜のシフトが私だったのは幸運でした」

写真:2015年8月27日 ロシア・モスクワ地方フリアジーノの自宅で記念撮影に応じる元ソ連のミサイル防衛軍将校スタニスラフ・ペトロフ(2017年に77歳で死去)
Stanislav Petrov: The man who may have saved the world
https://bbc.com/news/world-europe-24280831

https://universe.byu.edu/2017/09/20/sta

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