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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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米軍に盗まれた「御後絵」含む貴重な美術品22点が戻ってきた


米軍は宝物と思えるものは何でも盗む。昔も今も。
基地返還の言葉もそうだけど、返還って言い方、
盗んだ側に都合のいい言葉。
盗んだものはきちんと謝罪して返しましょう。

米国は歴史のない国だから、
歴史のある国のお宝に興味があるんでしょう。

日テレNEWS NNN@news24ntv

沖縄戦後の混乱で持ち去られる?「御後絵」含む貴重な美術品22点がアメリカから沖縄へ返還 FBI捜査経て

https://twitter.com/news24ntv/status/1768525677022810366
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琉球史マンガ@上里隆史@mangaryukyu

誰かなー見たことない顔だなー

服装が明代の古琉球なんだなー。誰かなー

今回の御後絵で出てきた古琉球の王、皮弁服の内着が緑色だけど、明代でこんなのあった⁉️絵図だからリアルそのものではないかもだけど、意味を知りたいね

尚育や尚敬ももちろんそうなんだけど、今回の最大の発見は未知の肖像画。しかも古琉球。

もう一つの御後絵は尚清でした。鎌倉芳太郎も撮影していなかった王!父の尚真に全然似てない

琉球王国の象徴が鮮やかに 最高の絵師が傑作 豪華さと技術に驚く識者「インパクトは計り知れない」 国王の肖像画が帰還 https://okinawatimes.co.jp/articles/-/1325979 @theokinawatimesより
nD08BVJR.jpg

今回の発見でさらにビビるのは、未知の人物画像もあったこと。服装から見るにおそらく王子、按司クラスの誰かだろう。烏紗帽に皮弁服の組み合わせは初めて見る

https://twitter.com/theokinawatimes/status/1768760349464137877

御後絵とともに見つかった未知の人物画像、背景が太陽と月を描いた衝立から17世紀の尚豊以前のもの、古琉球に近い時代と考えられる。本来、王のみの着用が許される明皇帝下賜の皮弁服をまとっているにも関わらず、皮弁冠でなく烏紗帽をかぶっている。王位にきわめて近い人物であったことが推測できる。

近い時代の類例としては呉鶴齢(向光祖)や尚恭(浦添王子)が挙げられるが、ともに烏紗帽と常服で皮弁服ではない。また従者たちも明確な違いがある。未知の人物の従者は王と同様だ。自分は今回の未知の人物、あるいは「王」なのではないかと思う。

とすると、冊封、つまり皮弁冠を受けることができなかった王の可能性も考えることができ、尚豊の子、尚賢あたりとかかもしれない。御後絵の衝立はこの時期もなお古琉球的な色彩を残していたとすれば辻褄が合う。

尚賢は1644年の明滅亡により冊封されなかった。このあたりの混乱が御後絵にも反映されているのかもしれない。また興味深いのは次の尚質王代に羽地朝秀の改革が開始され、古琉球的世界が解体されていく。つまり尚賢の時代まで古琉球の残滓があり、これも御後絵の形式に反映されていたのではないか。


滝沢志郎@Tacky_Shiro

尚清王かー!
守礼門をつくった王様だよ〜

https://twitter.com/mangaryukyu/status/1768774093409489030

じつは尚清王がちょっとだけ登場する『エクアドール』という大変面白い小説があります。
主人公はアウトローすぎて王の姿を見ても「フーン」みたいな反応ですが、滝沢は御後絵の発見に感動しております。

エクアドール 滝沢志郎(著/文)
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784575245226


琉球新報@ryukyushimpo

琉球国王の肖像画「御後絵」が米国で発見、沖縄県に帰る 沖縄戦で流出、米FBIの盗難美術品ファイルに登録 色彩が初めて判明

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琉球史マンガ@上里隆史@mangaryukyu

写真の知事の後ろに写っている右上の赤一色の人物誰かなー(すっとぼけ)


沖縄タイムス@theokinawatimes

重要発見 来歴不明も 米返還の「御後絵」や工芸品

https://twitter.com/theokinawatimes/status/1768760349464137877
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思文閣出版 新刊部@shibunkaku

【最新刊】
平川信幸『琉球国王の肖像画「御後絵」とその展開』

琉球絵画は、その歴史と同じように独自の輝きを放っていたが沖縄戦によって多くの作品が失われた。今日、残されている琉球絵画の作品は、日本や中国、韓国など東アジア諸国との交流の中で展開した作品群の一角でしかない。その研究は→

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辛うじて残った断片を手掛かりに、作品の存在を証明していくことから始めなければならないのである。 本書は、琉球絵画の中でも、国王の肖像画「御後絵」や『片目地頭代(喜久村絜聡)画像』など数々の名作が描かれた肖像画に焦点をあて、現存する作品だけでなく戦前に撮影されたガラス乾板や→

豊富な文献資料によって、その描写的特徴や様式の変遷などの考察を行った、琉球絵画史上初の体系的叙述である。

▼書籍詳細
https://www.shibunkaku.co.jp/publishing/list/9784784220762/


沖縄タイムス@theokinawatimes

琉球王府の神女・聞得大君が使ったかんざし、重要文化財に 「金銅雲龍文簪」 国の審議会答申

https://twitter.com/theokinawatimes/status/1768571891332317511
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| 沖縄 | 23:46 | comments:3 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

小林 浩 氏

本当に、もう恐らく15年配前になるかもしれないのですが、まだYouTuberといつ言葉も無かった様な草創期に、聖書も解読しつつ、世界の謎をいち早く解明されていた小林 浩 さんといつ方が居ました。
その方の言葉の引用になってしまうのではありますが。

この王様のサイズ。通常より大きかったのでしょう。
周りの「取り巻き」は、子供なんかではなく、こちらが通常の(現代の)人間の大袈裟になるのではないかという事です。
顔を見ても、子供ではありませんね。

ネットが出る前にテレビで、沖縄の海底遺跡の特集で、ある人が話していました。
「かつての女王は、とても大きな人だったらしいですよ。」と。

※タルタリアを調べれば、いかに「訳の分からないサイズ違いの建物」が現存しているか、に気付かされます。
因みに、やはりタルタリア時代は「食べる」事は無かった可能性が有ります。
何故か昔のヨーロッパにはトイレが無かったのは、タルタリアの残骸に住んでいたからで。
タルタリアの色んな(運良く残された)いぶつの中に、食器が無い事に、自分は早くに気付いていました。
(最近それに触れるYouTuberが出て来ました。)

シベリアやカナダ(やはりタルタリア領域で、徹底的に破壊された)の針葉樹は全て樹齢が200年しか無い。
今の歴史が、本当にたったの200年しか無い可能性は、あながち絵空事でも無いのかもしれないです‥

更に、もっと古代に「瞬時に石化させられた」巨人は、タルタリアの3~21メートル所ではありません。キロに迫ります。
(巨大樹の切り株が(異様な形をした)山なのと同様です。)
そして、サイズはBIGでも、形は居間居るのと全く同じ数々の動物達も、石化させられて残っています。
それらは全て、教科書や(一般の)百科事典には全く紹介されていません。

でも、疑う方が無理が有ります。
最早、疑う事など出来ません。




| L.F.B | 2024/04/07 01:30 | URL | ≫ EDIT

補足です

実際に何百年、何千年、それ以上の歴史は有るにしろ、200年前にマッド フラットが起きたのは事実ではないか?という事でした。

更には、「世界五分前仮説(3分でも1分でも何でもよい)」では、五分前に全ての「過去」が作られている事にはなりまして。

更に、マンデラ エフェクトは現実に起きていますので(複数回体験済み。ネット普及より遥か前、難の知識も有りませんでした)、何も言えなくなるのではございまして。

その上、「思考が現実を作り出している(このよには自分一人しか居ない)」となれば、尚更訳が分からなくなるのではございます。


しかしながら、全くの当てずっぽうや絵空事として言うのではございません。
結局、人の(自分自身の)意思等が問われる所とはなるはずなのではありますが。

かなりややこしくはなりますが、その辺の所はご了承願います。
m(__)m

| L.F.B | 2024/04/07 22:00 | URL | ≫ EDIT

間違えていました。

林 浩(HIROSHH HAYASHI) 氏でした。

知る人ぞ知る、歴史あばきの草分け的存在の方です。

失礼致しました。

| L.F.B | 2024/04/10 12:30 | URL | ≫ EDIT















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