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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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厳しさと美しさ


マウス画


梶川泰司さんの今日のメッセージ『無関心
から全文転載します。


無関心

引力の反対は斥力であるが、
重力の反対の斥力は確認されていない。
人間の場合、
興味の反対は無関心である。

子どもの興味や好奇心は自発的であり
けっして教育できないが、
愛を装った人たちによって
無関心は意図的に教育されている。



転載終わり


>愛を装った人たちによって
無関心は意図的に教育されている。


この部分を読んだときまず一瞬で
強烈さが襲ってきました。
動物のように椅子からたちがあり動き回りました。
そしてなんと美しい言葉だろうと。

厳しさは美しさなんですね。
自然の厳しさと美しさは比例するけれど
言葉も同じなんですね。

こんなふうに書けるようになりたいな、
と同時に言葉を発信する立場として反省も。(ペコリ

>子どもの興味や好奇心は自発的であり
けっして教育できないが、


これって決して子供だけではなく
子供のような心を失わない人も同じでしょうね。

この梶川さんのメッセージを
『愛を装った人たち』に是非読んでもらいたい。
そして新しい芽を摘まないで欲しい。

梶川さんの一昨日のメッセージ『落葉』もどうぞ。



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| | 2010/10/24 16:38 | |

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| | 2010/10/24 20:13 | |

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| | 2010/10/25 10:49 | |

インフルエンス

昨日の 買い物のいきかえり
神さまのことを考えていました。

「恋焦がれるように神さまのことを思うこと」と、
ラーマクリシュナが言っていたのを思い出して、
自分なりに神さまを思ってみました
落ちて地面にはりついた オレンジ色の枯葉をみながら

神さまを思うときの気持ちは
思いがけず
初恋の気持ちによく似てました

それでいいのか分かりませんが
ぼくの場合は それでした

ほかの人が神さまを思うとき どんな気持ちであるのかを
知ってみたい気もしましたが

もし知ってしまったら

こんどは それを 真似したくなるだろう、と思い
やめました



今日、
お金をおろそうと思って行列に並ぶと すぐ後ろに
「子供」を乗せたベビーカーを押す、若い母親が並びました。

子供の足があたるので そこから少しずれました
母親は気づかず 子供とやり取りに夢中でした。

ぱっと見は 「愛情あふれる」親子の図 なのですが。


その直後
ディスペンサーから出てきたのはまた別の、ベビーカーを押した母親。
待ちくたびれたのか、自分が「通せんぼ」になっていることに気づいていない、若い女性が行く手を阻んでいました。

どうして気づかないのだろう。

それに
「ちょっと、すいません」といえば伝わるものの
そうとは言わずに、
ポールと通せんぼする女性の間を、なんとかベビーカーを通そうとする母親。

どうすればよいか は こんなに明らかなのに
「どうしたら(いいんだろう)」の本人には
そんなに分からないものなのかな

ほんの少しの「愛」を求めてのデフォルト


そんな「いまどきのやりかた」に
呑まれてしまいませんように




伝達される無関心の様式


| うー | 2010/10/25 22:42 | URL |

Re: 新しい芽

私も小さな子供は好きです。

| mayufuru | 2010/10/25 23:37 | URL |

Re: 桃源郷

> 梶川さんブログのトリムタブに

ありがとうございます。

| mayufuru | 2010/10/25 23:43 | URL |

Re: インフルエンス

ベビーカーの話ですが、みんな心底疲れきっているように、まるでゾンビのように、SF映画をみているかのようですね。

| まゆみ | 2010/10/25 23:51 | URL |

>ゾンビ

そうですね(笑)
でも ちょっと笑えないです。

そういう場面でちょっと一言 声掛けすると
今度は猛烈にアクティブに なられたりするので
今日は二の足を踏んでしまいました・・・
そういう「詰まってしまっている気持ち」を
どうにかしたいとは思うんですが。

というか、コメントらしからぬ
ながながとした文章ですいませんでした。

| うー | 2010/10/26 00:19 | URL |

TVで、愛は地球を救うとかというテーマで24hTVshowが有りますが、
お前達にはソンナ事はデキネーだろと、鉄槌を下してるつもりなのかな?
わたしは、二度とこういう番組は見なくなりましたね。

大きなお世話だ、お前等がカメラを向けようが向けまいが、日常は着実に動いているんだ!

カメラ野郎どもが、愛を装ってイル団体かい?
愛を装ってイル団体にあっても、中には、装っていないひと達もいる。?

装ってイル人と装っていないひととの境目、一旦境界線を付ける事が出来たとしても、隔てられた分類に混じり気が本当に無いのか?

愛を装うのに、
自らの意志でソウスルのか、そのように操作されてイルだけなのか、
あるいは、また、周りからソノヨウニ見えてイルだけなのか。

本人も、本人が見る対境も、
どちらも目を覚ましてイナイト、
何が何だか
どっちがドッチだか
わからなくなってシマウ

| あかとんぼ | 2010/10/26 21:39 | URL | ≫ EDIT

おのれに厳しい人

ひと(他人)に厳しい人

おのれに厳しい人って、みんな想像がつくんだ。
どちらかと云うと、こういう人で在りたくないというのが現代だ。昔は一般的だったノニ。

他人に厳しい、厳しくありたいというのは、支配者側につきたい(付きたい、就きたい)という現れなのでしょうが、
ひとに厳しくスルというのは、反面、信念がナイト出来ない側面も有る。
人に厳しくスルのは、その人を純粋に成長させて上げようとスル意志が働く、(どうしてナノカよく分からない)場合もアル。
普遍的にイッテ、
ひと(自分)に甘い人よりも、ひと(他人自分)に厳しい人は、シンシにナル。
コッチの方がわたしは美しいと思う。アクマデモ主観のはなしです。

| あかとんぼ | 2010/10/26 22:18 | URL | ≫ EDIT

Re: あかとんぼさん

愛情ならわかるけれど、「愛」の意味は未だによくわかりません。

| まゆみ | 2010/10/27 17:18 | URL |

Re: あかとんぼさん

他人に厳しくできる人は少なくなりましたよね。

| まゆみ | 2010/10/27 17:26 | URL |















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