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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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コメント紹介


0.17μsv/hで転居騒ぎですか。 
どんなガイガーで計測したのかわかりませんが、それに近い線量は今やどこでもあるんじゃないかと思います。というか、文科省が発表している0.03とか0.05とかいう値がおかしいと私は思う。一桁までいかなくても、3倍は上げて考えた方が良いと言うのが、ガイガーカウンターを持っている私の考えです。千葉でも0.2μsv/hでびっくり!なんてツイートがありますね。埼玉でもそれぐらい普通みたいです。(栃木は1μ/h位あるとか)でも、札幌でも0.15ぐらい普通にあります(アンダーは0.05位~。変動します)。ちなみに、畳からも放射線は出ていて、和室は0.2近く出ることもあります。でも和室の場合は汚染じゃなくて(今年刈り取られたイグサが汚染されていたら話は別)自然放射能でしょう。川原の石ころからだって0.2~3位でているのもあります。

空間線量は、日本全国、福島近辺の汚染の激しい所を抜かせば(花崗岩や鉱山の多い愛知や山口なども別にして)、そう大きくは変わらないように思います。50歩100歩です。もうどこなら安全と言うのではなく、全国的に広まったと考えるべきなのでしょうか? 危険なのは、自然放射線など、もともとあったものまで全て危険な放射線と判断してむやみに恐れることではないでしょうか。0.17μsv/hでトイレで被爆した、と怯えるよりも、内部被爆しないように気をつけるほうが大事かと。(もっと高線量であれば話は別。私も引っ越します)ただ、、放射能は、フクイチ以前からたくさん身の回りにあったのは確かです。何年も前に買ったキャンプ用品、塗料、日用品から高線量検出という話も聞きます。もし壁紙や石膏ボートが放射能を放っていたとしても、それは、フクイチ由来ではないかもしれません。今まで意識せず、単に知らずにいたものを、にわかに測り始めて、何でもフクイチに結び付けて怯えるのは賢明ではないのでは…。

誤解ないように言いますが、なかには、高濃度に汚染された物質でセメントを作っていて、、という可能性や、その害まで否定するのではありません。でも恐れるべきは“瓦礫だけでは”ないし、生命に必要な自然放射線さえも排除するようになっては本末転倒な気もします。。ガイガーでは有害(人工の原発由来放射能)、無害(必要な自然放射線)までは測れませんね。まず現状を知って、そこからどう変化していくかを観察して、あとは、人間の勘を働かせるしか、、ないのかな。。微動する数字に一喜一憂するのではなく。

| 1 | 2011/11/26 10:42 |

発芽玄米を毎日お昼に食べています。
炊飯器に発芽という機能が付いているのでそれを使ってまとめて炊いています。この機能のせいか、玄米は発芽させてから食べるものだと思い込んでいました。白いご飯を食べていたころに比べると体が軽くてすこぶる快調です。白米を食べるとどうも胃にもたれますしだるくなるんですよねー。

| ハセガワ | 2011/11/26 11:43 |

まゆみさん、こんにちは!アトピーのレポートです。

原発事故以来続けている玄米食は、図らずも、発芽モードになっていました。というのは、玄米を漬けておいた水から乳酸菌をおこし、それで豆乳ヨーグルトが作れるからです。朝漬けて夜に圧力鍋で炊きます。胚芽のところがぷっくりするのがかわいらしくて、ずっとそうしてきました。なるほど、、、私は厳格な玄米食ではなく、穀物の一つとして食べています。なので、精白していない大麦とか、スペルト麦とか、キビ、粟も適当にローテーションさせています。効果のほどは、、、気休めかしら、、、

しかし、アップルペクチンのサプリを飲み始めたら、アトピーは目に見えて、快方に向かっています。瓶の説明には、ダイエットの整腸剤とありましたが、確実にキレート効果はありました。湿疹は、通常の代謝機能でこなしきれなかったものを排出するのでは、、、と言う考えは当たっているみたいです。放射能に限らず、重金属などを取り込んでしまっているのでしょう。

また、報告します。

| gattoparda | 2011/11/26 13:04 |

IHI、放射性廃棄物の線量を最大95%低減できる収納容器を開発:日刊工業新聞
掲載日 2011年11月25日

IHIは放射性廃棄物の線量を最大95%低減できるコンクリート製の収納容器を開発した。12月初旬までに福島県伊達市にサンプルを無償提供する。政府は2012年1月から東京電力の福島第一原子力発電所の事故で汚染された同県内の除染作業を本格化する。汚染土や焼却灰などの放射性廃棄物の一時保管用として提案する。子会社の石川島建材工業(東京都墨田区、岡田秀夫社長、03・6271・7211)が開発し、サンプル50個を生産した。放射性廃棄物のα線、β線、γ線を低減できる。セシウム137が含まれている土壌で、放射能濃度が1キログラム当たり8000ベクレルの場合、放射線量は毎時69マイクロシ-ベルトになる。同容器は最大で同0・06マイクロシ-ベルトに低減できる。年換算で0・5ミリシ-ベルトになる。

http://www.nikkan.co.jp/news/nkx0120111125bcam.html

| | 2011/11/26 15:49 |

まゆみさんこんにちは。別のPCから書き込んでます。
栽培した作物は多様性を失うという動画を見つけました。
http://www.youtube.com/watch?v=pF8zUJwY-AI

同じ種のタネを自分で植えるからそうなりますよね。魂がなくなるとはなんとなくわかります。欲を出すとそうなってしまうのかなと。

縄文の人は稲作農業自体を拒否していたというのは良く聞いてます。最近自然農法の本が良く出てますが、もしかするとひょっとしてそれすらもしないのがよいのかなあ、自然のものだけでくらすのが本当はいいのかと、昔から思ってました。

ご存知、自然農法で有名な福岡さんは、非常に硬い赤土のやまのを13年かけていろいろスモモやミカンやら果樹を植えたりしたところ、土になにもしなくても、例えばハヤトウリなんかは普通できる果実の量は200、300個なのに、福岡さんの山では一株に2千、3千、時に一万個ぐらいも実をつけることがあったそうです。自然にまかしたからといって、できる実が少ないわけでないそうで、むしろ多くつけると。

パプアニューギニアのジャングルに住んでる人々にある若い人が会いにいくという番組を見たとき、その人々がジャングルで食料として猪と一緒に果物をとっていましたが、その果物の巨大だったので驚いたことがあります。何しろ90センチぐらいあったので栽培品種だけが大きく育つと言うのは違ったんだなとびっくりしましたが、むしろ、自然に近いもののほうが多産とはそういうことなのかな。

さっきの福岡さんの果樹の山の赤土の固い土に30年降り積もった植物が降り積もった表土は10センチぐらいしかないそうで、自然農法をやれば土ができるとかよい土ができるから自然農ができるというのはうそなんですともいってました。

うちの経営してる店の庭先の花壇には最初荒地みたいだったのが、クローバーが生えてきて、これは荒地だからクローバーの窒素取り込みでだんだん肥沃化してる自然の働きかなと思ったんです。土から遠い店の中のクワズイモの小さいポットまでクローバーが生えているから不思議です(笑)酸性土壌にはギシギシ、スイバ。カルシウム不足の土地にはヨモギやスギナ。窒素不足の土地にはクローバーが生えるということなのかも知れないけど、まるでテレポートしてるんじゃないかと思うほど適切に生えてくるのが不思議です。

どこのジャングルか忘れたけれど、ディスカバリーチャンネルでジャングルに住んでいる人々と取材班が一緒に住むという番組があって、そのなかで取材スタッフの中のコメンテーターが服を着ているのはむしろ暑いし邪魔だと言うことになって、服を脱いで生活しだすんですよね。

人は石を加工しますが、石工は石は生きているというのがわかっているそうですし、加工すると石は死んでしまうと言うひとがいます。
あるところばっかりで申し訳ないですけど、金属を精錬する人は、くさい仕事をやる人々として扱われているある地域もあって、そのように扱われてる理由は自然をそのように加工するのはあんまりやるべきでないとされているからだそうです。

食べものを加熱するということでも、よいとか悪いとか言われてるけど、140まで生きると言うフンザ人の人々は豆でも水につけるだけ、野菜は最小限の水と火で少し蒸すだけ、果物を多く取るということですけど、食べ物に熱を加えるというのも本当はいらないのかなと。

人が生きるのには必要は満たされいたのに、余計なものばかりになって寿命もちじまっている。大地には何にもないのにすべてある。やっぱり、ほんとうにほとんどなんにもいらなかったんだなあとおもってます。昔からそう思っていて、今の暮らしに違和感を感じます。電気も、すでに太陽があるのに、暗くても、目がよくなるから必要ないのに、あの原発の悲劇も起こらなかったんでしょう。

昔、ずっと生きていて悩んでいたことは、ふっと緊張がほぐれたり、自分の中が無になって透明になったとき、今まで悩んでたことはほんとうにすべて不自然というか妄想だったのだなあと感じて、ほんとうに自然と言うことや世界の無形の流れというか、思ったり、喜んだり、悲しんだりしたことが幻だと思うくらい無心というかそういう感じがずっとのこってるんですよ。そういう時ってすごく自分の今まで思ってたり、知識だったりが浅ましく思えて、自分の作った世界や自分のイメージがすごく浅ましく感じ、本当の自分など誰も知らないのだということや、世界、存在の無限の深みみたいなものを感じいったりしませんか。また、それを再現しようとして、瞑想したりして見ようとしても見れない、無形と言うか、ほんとに一瞬一瞬変化して行く世界なんだなとも思いましたね。

長くなりました。

| 蒼 | 2011/11/26 18:37 |


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