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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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早川由紀夫さんのツイログより (利害対立は被害者の中にある)


これは鋭い視点ですね。

早川由紀夫

この原発事故は、被害があまりに甚大だったために加害者と被害者の利害が一致してしまった希有な事例である。加害者はもちろん東電である。被害者は福島の財産家たちである。
posted at 11:18:53

ふつうは、他者が自分の財産の価値を減じた場合は損害賠償を請求する。しかしこの事故による損害はあまりに大きすぎて、加害者が賠償責任に耐えられないようにみえた。財産家は、この事故による財産毀損がなかったことにする道を選んだ。さいわい放射能は目に見えない。
posted at 11:19:11

被害がなかったことにすれば土地も家屋も無価値になることがなく、産業を失うこともない。この判断は、加害者である東電の利害とよく合致した。
posted at 11:19:23

さて、福島には財産家でないひとも住んでいる。労働者だ。賃貸住宅に住んでパートタイムで働いているような階層の人たちだ。彼らは被害を直視して、福島からすみやかに逃げ出した。小さな子どもを持つ親たちも同様の判断をした。
posted at 11:19:37

福島から脱出するひとの後姿を見た財産家はどうするか。そんなことが拡大して福島から人がいなくなったらたまらない。せっかく守ったはずだった財産価値が消滅してしまう。彼らは必死で押しとどめる。行くなと言う。
posted at 11:21:11

いま福島で起こっているのは、財産家階層と労働者階層の分断だ。この事故の利害対立(敵と味方)は、加害者と被害者のあいだにあるのではない。被害者のなかにするどい対立がある。
posted at 11:23:31

敵・味方の境界はあいまいで、つねに変動している。財産家階層は、自分の陣営にできるだけ多くのひとを引き込もうと、テレビ・新聞・雑誌そしてネットを介して、著名人や学者を利用した広報活動を水面下で繰り広げている。
posted at 11:24:23

「東電あるいは政府の工作員」のレッテル貼りは、現実を正確に描写してはいない。そういうひとたちがいるだろうことを否定しないが、東電とは別の集団から特命をおびた工作員がそれとは別にいる。
posted at 11:24:56

「利害対立は被害者の中にある」をトゥギャりました。 http://t.co/lOUCAROr
posted at 11:26:28



↓ ふくしまエートスを聞いて真っ先に思い出すのがホメオパシーだ。しかし、おととしホメオパシーをニセ科学だとしてこてんぱんにしたひとたちが、いまはふくしまエートスを絶賛してる。おかしなもんだ。いや当然かもしれない。理解可能範囲内だ。
posted at 15:50:49

良い科学と悪い科学。常人がこれをどう見分けるか、この方法伝授が一番むずかしい。科学者が自分の科学を信じろというわけにはいかない。利害関係者の言うことだから。では科学者でない人が、この科学がいいといったときに、それが信用できるか。この問題への答えを私はもう25年も探し続けている。
posted at 16:32:32

21年前、私の先輩に当たる官僚がこういった「ときの政府が認めたことが正しいだろう」 この言には、反射的に「ちがう。そんなことがあってたまるか」と私は思った。しかし、この言が間違っている証明がまだできない。
posted at 16:34:39

いや、そうではない。人間として信頼できる先輩。彼も(その立場からの考察だが)真面目に考えた結果の答えだ。彼の言に一定の説得力を私は感じた。国のかじとりを任されている人の言は重い。RT @basilsauce: 官僚として働く人にとって正しいと言ったのかなその方。
posted at 16:39:48

「ちがう。そんなことがあってたまるか」と私が思ったのは、科学の正否がそんなもので決められてたまるか、だった。あくまでも科学を考えていた。いま、科学を二の次における余裕ができた。そして考えている。
posted at 16:41:08

21年前は、良い科学と悪い科学の判断を誤って43人が死んだ。それはあくまでも良し悪しだった。正否ではなかった。
posted at 16:45:01

12年前も、当局は良い科学と悪い科学の判断を誤ったと私は思うが、自然の思し召しがあったので、誰も死ななくてすんだ。
posted at 16:46:18

良い科学を選ぶことは十分条件ではないが、必要条件だ。こういうことだ。
posted at 17:05:54


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COMMENT

確かに・・・

そのとおりですね。

で、福島だけでなく、北関東および
首都圏の人たちも・・・そういう
方向でいくみたいな感じ。

久しぶりに実家でテレビを
見ましたが・・・本当に、
テレビというのは、
虚構としての現実を作り、
そこに私たちを縛り付ける
ための道具なんだなあ・・・と。

で、虚構に付き合うのも、
虚構から脱出するのも、ある意味、
自己責任。

「抑圧者は、被抑圧者が自由になること
によってしか、自由になることはできない」
というようなフレイレの言葉を思い出します。

| robert | 2012/05/01 15:29 | URL | ≫ EDIT

Re: 確かに・・・

robertさん、フレイレの名は初めてなので検索しました。パウロ・フレイレという方でしょうか。参考になりました。ありがとうございます。

フレイレ著『被抑圧者の教育学』
http://www.geocities.jp/ittokutomano/freire.html

| まゆみ | 2012/05/01 19:49 | URL |















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